きえん つれびと
奇縁の連人
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直江が高耶を当然のように助手席に乗せた為、綾子は後部座席の真ん中に陣取った。
「で、どこに行くんだ?」
「山大よ。山洋大学」
「聞いたことねーな。ほんとにぴっちぴちの女子大生がいんのかよ」
高耶であってもぴっちぴちのおねーさん方には多少興味があるようだ。まあ、そういう年頃だからしょうがないが、ちょっと露骨すぎる気がする。長秀の影響を受けすぎているのかもしれない。あまり長い間、奴と一緒にしておくのもいかんな、と直江は思った。
「そうよ~、私に負けず劣らずのがごろごろいるわよ」
「へぇ……」
綾子に負けず劣らず、というのを想像したのだろうか。
「そりゃあ……すごそうだな……」
高耶は一気に興味をなくしたらしい。
「そうよ~♪すごいわよ~♪」
綾子は気付かず上機嫌で応えている。
「んで、タチの悪い怨霊ってのはどんなやつなんだ?」
高耶は話題を他へ振って、そつなく誤魔化した。
「私もまだ視てないからわかんないんだけどね。今のところ悪さはしてないみたい」
「……タチ悪くねーじゃん」
「……ま、とにかく、行ってみましょ!」
レッツゴー!!と陽気に号令をかける綾子のテンションについていけなくなった高耶は、今度は直江に話を振ってきた。
「お前はなんで東京に出て来てたんだ?」
「家の用事があったんですけどね。もう済みました」
「お姉さんちが近くなのよね」
「へえ、姉貴、いんだ?」
直江がええ、と答える前に何故か綾子が答える。
「東京にお嫁に来て、もうどれくらいだっけ?今度、下のお兄さんもお嫁さんもらうんでしょ?こりゃあ風当たりがますます強くなるわね~~!遊んでばっかいらんなくなるわね~~!!」
嬉しそうにひじでつついてくる綾子に直江はじっとりとした視線を送った。
「お前は何でそこまで詳しいんだ……」
「随分前あんたんちに電話したときに。お母さんったら、こっちから聞かなくても教えてくれるんだもの」
再び頭を抱えそうになった直江を見ながら、何を思ったのか高耶が真顔で言った。
「お前も、結婚する予定とかあんの?」
直江は思わず答えに詰まってしまった。
(こ、このひとは……っ)
思わず高耶を見る目が吊り上がってしまう。
いつまで経っても返事を返せない直江を見て、目をまるくしていた綾子も思わず笑い出した。
「大丈夫!直江は永遠にあんたのものよ、景虎!安心しなさい!」
ばしばしと高耶の肩をたたく。
突拍子もない答えが返ってきて、高耶は焦ったように叫んだ。
「オレそんなことひとことも言ってねーぞ!!」
少し渋滞気味の道を、ピカピカのレンタカーは運転者の心を表すようにヨロヨロと進む。
そんな車を後方からぴったりとマークしている怪しい影がひとつ……。
「で、どこに行くんだ?」
「山大よ。山洋大学」
「聞いたことねーな。ほんとにぴっちぴちの女子大生がいんのかよ」
高耶であってもぴっちぴちのおねーさん方には多少興味があるようだ。まあ、そういう年頃だからしょうがないが、ちょっと露骨すぎる気がする。長秀の影響を受けすぎているのかもしれない。あまり長い間、奴と一緒にしておくのもいかんな、と直江は思った。
「そうよ~、私に負けず劣らずのがごろごろいるわよ」
「へぇ……」
綾子に負けず劣らず、というのを想像したのだろうか。
「そりゃあ……すごそうだな……」
高耶は一気に興味をなくしたらしい。
「そうよ~♪すごいわよ~♪」
綾子は気付かず上機嫌で応えている。
「んで、タチの悪い怨霊ってのはどんなやつなんだ?」
高耶は話題を他へ振って、そつなく誤魔化した。
「私もまだ視てないからわかんないんだけどね。今のところ悪さはしてないみたい」
「……タチ悪くねーじゃん」
「……ま、とにかく、行ってみましょ!」
レッツゴー!!と陽気に号令をかける綾子のテンションについていけなくなった高耶は、今度は直江に話を振ってきた。
「お前はなんで東京に出て来てたんだ?」
「家の用事があったんですけどね。もう済みました」
「お姉さんちが近くなのよね」
「へえ、姉貴、いんだ?」
直江がええ、と答える前に何故か綾子が答える。
「東京にお嫁に来て、もうどれくらいだっけ?今度、下のお兄さんもお嫁さんもらうんでしょ?こりゃあ風当たりがますます強くなるわね~~!遊んでばっかいらんなくなるわね~~!!」
嬉しそうにひじでつついてくる綾子に直江はじっとりとした視線を送った。
「お前は何でそこまで詳しいんだ……」
「随分前あんたんちに電話したときに。お母さんったら、こっちから聞かなくても教えてくれるんだもの」
再び頭を抱えそうになった直江を見ながら、何を思ったのか高耶が真顔で言った。
「お前も、結婚する予定とかあんの?」
直江は思わず答えに詰まってしまった。
(こ、このひとは……っ)
思わず高耶を見る目が吊り上がってしまう。
いつまで経っても返事を返せない直江を見て、目をまるくしていた綾子も思わず笑い出した。
「大丈夫!直江は永遠にあんたのものよ、景虎!安心しなさい!」
ばしばしと高耶の肩をたたく。
突拍子もない答えが返ってきて、高耶は焦ったように叫んだ。
「オレそんなことひとことも言ってねーぞ!!」
少し渋滞気味の道を、ピカピカのレンタカーは運転者の心を表すようにヨロヨロと進む。
そんな車を後方からぴったりとマークしている怪しい影がひとつ……。
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三人はギャアギャア騒ぎながらも、何とか目的地へと辿り着いた。
「こっちよ」
駐車場に車を停めた後、建物の間を慣れた様子で歩き出した綾子の後をついていくと、いわゆるキャンバスといった開けた場所に出た。
(なんか、大学って感じだな)
東京という場所も大学という場所も、高耶にとっては未知の世界だ。
従来の高耶なら、自分のテリトリー外に足を踏み出す場合、必要以上に警戒して眼差しも自然ときつくなるものだったが、今は違う。
理由は自分でもわかっていた。
ふたりが一緒にいることで、自分の心持ちが違うらしい。
たぶん遠い昔、こうして連れ立って、いろんな場所を訪れたことがあったのだ。
脳も身体も知らないはずの感覚を、初めてじゃないと感じる自分が不思議でしょうがない。ここ最近、よく感じる感覚だ。
17年間の自分とは違うけれど、紛れもない自分なのだと感じる瞬間。そういうとき高耶は、今までに感じたことのなかった、自分に対する自信のような自負のようなものを抱く。
たぶんそれは、"高耶"の抱く、過去の自分とは違う、という優越感だけでなく、"景虎"の、リーダーとしての矜持なのではないだろうか。
"高耶"より全ての部分で優れているはずの"景虎"……。
"景虎"を受け入れてしまえば、自分は今よりずっと楽に生きて行けるのではないかと思ったりもする。
けれど、きっと今は居心地がいいからそう思うだけで、また人が傷つくような事件が起きれば"景虎"から逃げ出したくなる。
(……こんなこと考えてたら駄目なのに)
高耶とか景虎とかではなくて。
"オレ"は犠牲者を出さないことだけを考えるべきだ。
二度とあんなことが起きないように。
"高耶"であることからも、"景虎"であることからも逃げてはいけないのだと思う。
けれど……。
「高耶さん?」
いきなり直江に腕を掴まれた。
「どこにいくんですか」
「……へ?」
考え事をしていた間に、前にいたはずの綾子がいなくなっていた。
振り返ると既に通り過ぎた建物の角で、腕を組んで立つ綾子の姿が見える。
「なーにぼけっとしてんのよ!可愛い子でも見つけた!?」
「ちっ、ちげーよ!」
早足で綾子のところへ戻っていく高耶の横に、直江も苦笑いで並ぶ。
元の立ち位置に戻って再び歩き出したのだが、すれ違う学生が皆チラチラと直江に視線を送っていることに気が付いた。
高耶や綾子は学生にみえるだろうが、直江は明らかに部外者だ。
学校関係者に声でもかけられたらどうするのかと訊いたら、手段はいくらでもあるんですよ、と余裕の笑みが返ってきた。
「ここに友達がいるはずなんだけど……」
到着したのは学生食堂だった。
事前に食券を買い、カウンターで商品を受け取る形式で、広い食堂内はかなりにぎわっている。
「あ、いたいた!みっちゃ~ん」
綾子は目ざとくお目当ての人物を発見して、ふたりを置いてさっさとテーブルの合間を縫い始めた。
やれやれ、と直江がため息をついていると、
「や、やすい……」
高耶が心なしか潤んだ瞳で食堂のメニューを見つめている。
「安いよ、直江……」
「ええ、学食ですから」
「すげえな、学食……」
感嘆のため息をもらす高耶に直江は言った。
「食べていきますか?」
「え、いーの?」
「ええ。何がいいですか」
「いーって。これくらい自分で払える」
高耶はポケットから財布を出すと、いそいそと食券を買いに向かった。
直江はあたりを見回して、空いた席を確保する。
「やっぱA定じゃなくてB定にした」
かつてないほどの晴れやかな笑顔でメニューを報告してくれる高耶を席に座らせて、直江も正面に座った。
「こっちよ」
駐車場に車を停めた後、建物の間を慣れた様子で歩き出した綾子の後をついていくと、いわゆるキャンバスといった開けた場所に出た。
(なんか、大学って感じだな)
東京という場所も大学という場所も、高耶にとっては未知の世界だ。
従来の高耶なら、自分のテリトリー外に足を踏み出す場合、必要以上に警戒して眼差しも自然ときつくなるものだったが、今は違う。
理由は自分でもわかっていた。
ふたりが一緒にいることで、自分の心持ちが違うらしい。
たぶん遠い昔、こうして連れ立って、いろんな場所を訪れたことがあったのだ。
脳も身体も知らないはずの感覚を、初めてじゃないと感じる自分が不思議でしょうがない。ここ最近、よく感じる感覚だ。
17年間の自分とは違うけれど、紛れもない自分なのだと感じる瞬間。そういうとき高耶は、今までに感じたことのなかった、自分に対する自信のような自負のようなものを抱く。
たぶんそれは、"高耶"の抱く、過去の自分とは違う、という優越感だけでなく、"景虎"の、リーダーとしての矜持なのではないだろうか。
"高耶"より全ての部分で優れているはずの"景虎"……。
"景虎"を受け入れてしまえば、自分は今よりずっと楽に生きて行けるのではないかと思ったりもする。
けれど、きっと今は居心地がいいからそう思うだけで、また人が傷つくような事件が起きれば"景虎"から逃げ出したくなる。
(……こんなこと考えてたら駄目なのに)
高耶とか景虎とかではなくて。
"オレ"は犠牲者を出さないことだけを考えるべきだ。
二度とあんなことが起きないように。
"高耶"であることからも、"景虎"であることからも逃げてはいけないのだと思う。
けれど……。
「高耶さん?」
いきなり直江に腕を掴まれた。
「どこにいくんですか」
「……へ?」
考え事をしていた間に、前にいたはずの綾子がいなくなっていた。
振り返ると既に通り過ぎた建物の角で、腕を組んで立つ綾子の姿が見える。
「なーにぼけっとしてんのよ!可愛い子でも見つけた!?」
「ちっ、ちげーよ!」
早足で綾子のところへ戻っていく高耶の横に、直江も苦笑いで並ぶ。
元の立ち位置に戻って再び歩き出したのだが、すれ違う学生が皆チラチラと直江に視線を送っていることに気が付いた。
高耶や綾子は学生にみえるだろうが、直江は明らかに部外者だ。
学校関係者に声でもかけられたらどうするのかと訊いたら、手段はいくらでもあるんですよ、と余裕の笑みが返ってきた。
「ここに友達がいるはずなんだけど……」
到着したのは学生食堂だった。
事前に食券を買い、カウンターで商品を受け取る形式で、広い食堂内はかなりにぎわっている。
「あ、いたいた!みっちゃ~ん」
綾子は目ざとくお目当ての人物を発見して、ふたりを置いてさっさとテーブルの合間を縫い始めた。
やれやれ、と直江がため息をついていると、
「や、やすい……」
高耶が心なしか潤んだ瞳で食堂のメニューを見つめている。
「安いよ、直江……」
「ええ、学食ですから」
「すげえな、学食……」
感嘆のため息をもらす高耶に直江は言った。
「食べていきますか?」
「え、いーの?」
「ええ。何がいいですか」
「いーって。これくらい自分で払える」
高耶はポケットから財布を出すと、いそいそと食券を買いに向かった。
直江はあたりを見回して、空いた席を確保する。
「やっぱA定じゃなくてB定にした」
かつてないほどの晴れやかな笑顔でメニューを報告してくれる高耶を席に座らせて、直江も正面に座った。
早速ゲットした学食に微笑みかける高耶の前で、直江の方がなんだか嬉しくなる。
「東京まで来たかいあったよなー」
まずは味噌汁に口をつけて、その味に頷く様子を眺めた。
意外と言っては失礼だが、高耶は箸遣いがとても綺麗だ。そんな手元を見つめながら、直江は気になっていたことを口にした。
「そういえば、気付いていましたか」
「何が?」
「私達のあとを怪しいバイクが一台追って来ていたでしょう?」
「……さあ、全然気が付かなかった。つけられてたってことか?」
直江は先刻出会った憑依霊の話をした。
あのパン屋を出てしばらくしてから尾行に気付いたのだが、車種からいって間違いなくあの憑依霊だろうと思う。
「何でつけたりすんだよ?」
「さあ……」
向こうからは何も語りはしなかったし、こちらの身元を問うような発言もなかった。
まったく正体が掴めないが、何か意図があってあそこにいたのは間違いない。
ただ、霊齢は五十年以上はあるように思うと後で綾子が言っていたから、"現代"霊ではない。言うならば近代霊だ。となると疑問なのは、バイクに乗れるということか。五十年以上前ともなると現代ほどバイクは大衆化していなかったと思うのだが。交通事情だってまるで違う。憑依後、バイクに乗る訓練をし、交通法規を覚えたのだろうか。
「闇戦国とは関係なさそうですが、協力者や仲間がいるかもしれません。もし単独での行動ならば、憑巫が霊に協力している可能性もありますね」
「そんなこと、有り得んの?」
「稀にいるんですよ。自分に憑依した霊と協力関係になってしまう憑坐が」
「へえ……。まあ、憑かれる側がオッケーなら別にいーんじゃね」
「それは状況にもよりますが……大抵の場合、犯罪者なんですよ」
霊力という特殊な力は何よりもまず悪事を働くのにとても便利だ。
「それにいざ、憑巫が霊を追い出したくなったところで、どうしようもないですからね。出て行け、と言って素直に聞く訳もありませんし。最終的には霊が主導権を握ってしまうパターンが多いんですよ」
ふうん、と言ってから、高耶はキュウリの浅漬けを口へ運んだ。
パリパリとした気持ちのいい音を聞きながら、直江は不意に話題を変えたくなった。
「さっき、何を考えていたんですか?」
「へ?」
「ここへ歩いてくる途中、考え事をしていたんでしょう?それともまさか、本当に好みの女性でも見つけたんですか?」
「……違えって」
高耶は軽く直江を睨み付けてから、視線を皿の上のおいしそうなから揚げに移した。
───景虎様!!
高耶の脳裏に蘇ったのは仙台での直江の姿だ。
悲痛な表情と抱擁。
あの行動の意味を高耶はずっと考えあぐねていた。
(お前はオレにどうなって欲しいんだ?)
自分に"景虎"を取り戻して欲しくない?
そんな訳はないと思うのだが、何故かそんな気がする。
直江がこのままでいいと言うのなら、このままでもいいとも思う。
(違う。オレは直江のせいにしてる)
本当は高耶自身がこの関係を壊したくないと思っているのだ。
でも自分が変わらなければ、また誰かを護りきれないことがあるかもしれない。
高耶は泳がせていた視線を直江に戻した。
直江も高耶をまっすぐに見つめている。
考えたことをそのままを話す訳にはいかなくて、また眼を泳がせた。
「なんで霊って憑依すんのかな?」
「……憑依、ですか?」
質問への答えともはぐらかしともつかない言葉を聞いて直江は怪訝な顔をした。
「霊体のほうが便利そうなのに。壁だってすりぬけられるし空だって飛べるし。あ、でも交通事故にあったら死体が見えなくて困るんだよな」
「それは透明人間の映画か何かと混同していませんか……。そもそも霊が交通事故に遭う訳ないでしょう」
何も言い返さない高耶の様子をみて、心情を察したらしい直江は、静かに喋り始めた。
「まあ逆説的になりますが、憑依の最大のメリットは肉体を持つこと、でしょうね」
「東京まで来たかいあったよなー」
まずは味噌汁に口をつけて、その味に頷く様子を眺めた。
意外と言っては失礼だが、高耶は箸遣いがとても綺麗だ。そんな手元を見つめながら、直江は気になっていたことを口にした。
「そういえば、気付いていましたか」
「何が?」
「私達のあとを怪しいバイクが一台追って来ていたでしょう?」
「……さあ、全然気が付かなかった。つけられてたってことか?」
直江は先刻出会った憑依霊の話をした。
あのパン屋を出てしばらくしてから尾行に気付いたのだが、車種からいって間違いなくあの憑依霊だろうと思う。
「何でつけたりすんだよ?」
「さあ……」
向こうからは何も語りはしなかったし、こちらの身元を問うような発言もなかった。
まったく正体が掴めないが、何か意図があってあそこにいたのは間違いない。
ただ、霊齢は五十年以上はあるように思うと後で綾子が言っていたから、"現代"霊ではない。言うならば近代霊だ。となると疑問なのは、バイクに乗れるということか。五十年以上前ともなると現代ほどバイクは大衆化していなかったと思うのだが。交通事情だってまるで違う。憑依後、バイクに乗る訓練をし、交通法規を覚えたのだろうか。
「闇戦国とは関係なさそうですが、協力者や仲間がいるかもしれません。もし単独での行動ならば、憑巫が霊に協力している可能性もありますね」
「そんなこと、有り得んの?」
「稀にいるんですよ。自分に憑依した霊と協力関係になってしまう憑坐が」
「へえ……。まあ、憑かれる側がオッケーなら別にいーんじゃね」
「それは状況にもよりますが……大抵の場合、犯罪者なんですよ」
霊力という特殊な力は何よりもまず悪事を働くのにとても便利だ。
「それにいざ、憑巫が霊を追い出したくなったところで、どうしようもないですからね。出て行け、と言って素直に聞く訳もありませんし。最終的には霊が主導権を握ってしまうパターンが多いんですよ」
ふうん、と言ってから、高耶はキュウリの浅漬けを口へ運んだ。
パリパリとした気持ちのいい音を聞きながら、直江は不意に話題を変えたくなった。
「さっき、何を考えていたんですか?」
「へ?」
「ここへ歩いてくる途中、考え事をしていたんでしょう?それともまさか、本当に好みの女性でも見つけたんですか?」
「……違えって」
高耶は軽く直江を睨み付けてから、視線を皿の上のおいしそうなから揚げに移した。
───景虎様!!
高耶の脳裏に蘇ったのは仙台での直江の姿だ。
悲痛な表情と抱擁。
あの行動の意味を高耶はずっと考えあぐねていた。
(お前はオレにどうなって欲しいんだ?)
自分に"景虎"を取り戻して欲しくない?
そんな訳はないと思うのだが、何故かそんな気がする。
直江がこのままでいいと言うのなら、このままでもいいとも思う。
(違う。オレは直江のせいにしてる)
本当は高耶自身がこの関係を壊したくないと思っているのだ。
でも自分が変わらなければ、また誰かを護りきれないことがあるかもしれない。
高耶は泳がせていた視線を直江に戻した。
直江も高耶をまっすぐに見つめている。
考えたことをそのままを話す訳にはいかなくて、また眼を泳がせた。
「なんで霊って憑依すんのかな?」
「……憑依、ですか?」
質問への答えともはぐらかしともつかない言葉を聞いて直江は怪訝な顔をした。
「霊体のほうが便利そうなのに。壁だってすりぬけられるし空だって飛べるし。あ、でも交通事故にあったら死体が見えなくて困るんだよな」
「それは透明人間の映画か何かと混同していませんか……。そもそも霊が交通事故に遭う訳ないでしょう」
何も言い返さない高耶の様子をみて、心情を察したらしい直江は、静かに喋り始めた。
「まあ逆説的になりますが、憑依の最大のメリットは肉体を持つこと、でしょうね」
「通常、霊体のままではクリアに思考することが難しいんです。大抵は感情のままにしか活動出来ない」
けれど肉体を持てば細かいことまで考えられるようになる。そうなると視野が一気に拡がるから、憑依のメリット、つまり霊感の無い人間への関与や憑坐の社会的な立場の利用等に気付いて活動の幅も拡がり、目的も達成しやすくなる。
「じゃあ、霊にとっては憑依したほうが得なのか」
「いいえ、そうとも言えません。というよりまず、大抵の霊には憑依できるほどの力は備わっていないという前提があるのですが………」
憑依行為のデメリットも多い。
感情に任せて念を放てる霊体と違って肉体で力を使うのには、換生者ほどではないにしても、ちょっとした技術がいるのだ。それに、肉体があれば腹も空くし、怪我だってする。現代で生き抜く為には、身分証明や現金といった問題も出てくる。
「何より魂と肉体は不可分です。魂が肉体を支配するとき、魂もまた肉体の影響を受ける。憑巫の魂を完璧に隔離出来たとしても、肉体そのものから受ける影響は少なからずあります。生きていた頃の自分と全く同じ人間としていることはなかなか難しいでしょうね」
「……それってつまり、換生者も前の体で生きてたときと、今とでは同じ人間ではないってこと?」
「そうですね……」
直江は肯定の意味ではなく、合いの手の意味でその言葉を言った。
「霊魂が一時的に身体を動かす憑依霊とは違って、換生者は特に肉体との関係が密接です。宿体が変われば一から人生をはじめるのと同じことなんです。ニューロンやらシナプスやら諸神経やらは肉体の成長、老化とともにあるのですから、いくら魂が同じものでも、子供ならば子供の、老人ならば老人なりの範囲でしか思考も行動もできない」
高耶の食事の手はすっかり止まってしまっている。
「ただ、たとえば私が、前生と今生において同じ条件下で同じ状況を目の前にした時に、選択した行動が別人のものになるかといったら、それは違います。判断を下す私自身の人格、記憶は魂に依存しますから、同じ判断を下すでしょうね」
「……今の肉体の範囲は超えられないけど、結局は同じ人間ってことか」
「そうなります」
「憑依霊だったらその身体からの影響が少なくてすむ?」
「換生者よりは、です。無い訳ではありません」
高耶は大きくため息をつくと、再び箸を動かし始めた。
「まあ、どっちにしても人の身体を勝手に奪うなんて許せねーよな」
「………」
結局辿りつく結論はいつもそこらしい。
高耶の言葉に直江は違和感を覚えた。
自分が換生者であることがすっぽぬけているのはともかく、今の高耶の発言は完璧に生き人の側にものだった。
本来景虎は死に人側の人間だったはずなのだ。
いや、どちらも捨て切れなかった。狭間で、揺れていた。
死に人の純粋さと残虐性……、生き人の情と裏切り……。
様々な出来事があり、景虎はどちらの味方でもあり、どちらの味方でもなかった。
けれど今の高耶は、片側の立場から力強く発言できる。
その強さを手に入れる為というのも、記憶を封じた理由のひとつなのかもしれないと思った。
(けれどそれはとても危うい………)
「なんだよ」
じっと見つめる直江の視線に高耶は戸惑ったようだ。
《闇戦国》外に於いて、と直江は更に話を進めた。
「憑依するのに充分な霊力があっても憑依しない霊はいるんです。何故だと思いますか?生き人の世界に未練があるものは身体を求める。人であることに拘らない霊は憑依を必要とはしない。つまり憑依を行おうとする霊は人でありたいと思っている霊、と言えなくもないんです」
高耶はせっせと動かしていた箸を、また止めてしまった。
「ひとつ、思い出したことがあります」
あれは西暦で言うといつになるのだろう。
江戸という、非常に発達した文化を持った都市で起きたある事件のことだ。
けれど肉体を持てば細かいことまで考えられるようになる。そうなると視野が一気に拡がるから、憑依のメリット、つまり霊感の無い人間への関与や憑坐の社会的な立場の利用等に気付いて活動の幅も拡がり、目的も達成しやすくなる。
「じゃあ、霊にとっては憑依したほうが得なのか」
「いいえ、そうとも言えません。というよりまず、大抵の霊には憑依できるほどの力は備わっていないという前提があるのですが………」
憑依行為のデメリットも多い。
感情に任せて念を放てる霊体と違って肉体で力を使うのには、換生者ほどではないにしても、ちょっとした技術がいるのだ。それに、肉体があれば腹も空くし、怪我だってする。現代で生き抜く為には、身分証明や現金といった問題も出てくる。
「何より魂と肉体は不可分です。魂が肉体を支配するとき、魂もまた肉体の影響を受ける。憑巫の魂を完璧に隔離出来たとしても、肉体そのものから受ける影響は少なからずあります。生きていた頃の自分と全く同じ人間としていることはなかなか難しいでしょうね」
「……それってつまり、換生者も前の体で生きてたときと、今とでは同じ人間ではないってこと?」
「そうですね……」
直江は肯定の意味ではなく、合いの手の意味でその言葉を言った。
「霊魂が一時的に身体を動かす憑依霊とは違って、換生者は特に肉体との関係が密接です。宿体が変われば一から人生をはじめるのと同じことなんです。ニューロンやらシナプスやら諸神経やらは肉体の成長、老化とともにあるのですから、いくら魂が同じものでも、子供ならば子供の、老人ならば老人なりの範囲でしか思考も行動もできない」
高耶の食事の手はすっかり止まってしまっている。
「ただ、たとえば私が、前生と今生において同じ条件下で同じ状況を目の前にした時に、選択した行動が別人のものになるかといったら、それは違います。判断を下す私自身の人格、記憶は魂に依存しますから、同じ判断を下すでしょうね」
「……今の肉体の範囲は超えられないけど、結局は同じ人間ってことか」
「そうなります」
「憑依霊だったらその身体からの影響が少なくてすむ?」
「換生者よりは、です。無い訳ではありません」
高耶は大きくため息をつくと、再び箸を動かし始めた。
「まあ、どっちにしても人の身体を勝手に奪うなんて許せねーよな」
「………」
結局辿りつく結論はいつもそこらしい。
高耶の言葉に直江は違和感を覚えた。
自分が換生者であることがすっぽぬけているのはともかく、今の高耶の発言は完璧に生き人の側にものだった。
本来景虎は死に人側の人間だったはずなのだ。
いや、どちらも捨て切れなかった。狭間で、揺れていた。
死に人の純粋さと残虐性……、生き人の情と裏切り……。
様々な出来事があり、景虎はどちらの味方でもあり、どちらの味方でもなかった。
けれど今の高耶は、片側の立場から力強く発言できる。
その強さを手に入れる為というのも、記憶を封じた理由のひとつなのかもしれないと思った。
(けれどそれはとても危うい………)
「なんだよ」
じっと見つめる直江の視線に高耶は戸惑ったようだ。
《闇戦国》外に於いて、と直江は更に話を進めた。
「憑依するのに充分な霊力があっても憑依しない霊はいるんです。何故だと思いますか?生き人の世界に未練があるものは身体を求める。人であることに拘らない霊は憑依を必要とはしない。つまり憑依を行おうとする霊は人でありたいと思っている霊、と言えなくもないんです」
高耶はせっせと動かしていた箸を、また止めてしまった。
「ひとつ、思い出したことがあります」
あれは西暦で言うといつになるのだろう。
江戸という、非常に発達した文化を持った都市で起きたある事件のことだ。
直江はどこぞの武家から内密に、と相談を受けたのだ。
仕事柄、そういうことが多々あった。
その家の主人によると、ある日突然、娘の行方がわからなくなったのだそうだ。
だがそんなことが世間に露見し、下手な風聞を立てられてはまずい。
だから、表向きは湯治に出したということにして、家のものだけでひそかに捜索をした結果、案外簡単に見つかった。
とある長屋で、何故か他人の子を育てていたのだ。
連れ戻そうとしたのだが、騒ぎ立てられてなかなかうまくいかない。
説得しようにも、まるで別人のようになってしまっていて、てんで話が通じない。
そんな娘をなんとか騒ぎにせず、連れ戻せないものかという内容だった。
黒羽織を脱いだ直江がさり気なく様子を窺いに行くと、確かに武家の言った場所に彼女は住んでいて、予見通り、憑依されていた。
そこで景虎の元へこの話を持ち込み、ふたりで彼女を説得しに行ったのだ。
「話をしてみると、娘に憑依していた霊はひどく殊勝な様子で、全てを話してくれました。川の氾濫か何かで死に、気がつくと今の宿体に憑依していたこと。父親はおらず身寄りもないために子供の引き取り手が見つからず、そのまま自分が育てていくしかないのだということ」
実際はちゃんと探せばいくらでも引き取り手はあっただろうが、赤の他人に子供を預けたくないという気持ちは、ふたりにもよくわかった。
「彼女は、自分でも死を受け入れなければいけないことがわかっているのだと言いました。けれど、禁じ手を犯してでも子供の傍にいたいのだと言った。せめてもう少し大きくなるまででもいい。頼むから見逃して欲しい、と頼み込まれたんです」
直江は重苦しく息を吐いた。
「あなたは随分、苦しんだ」
それで直江は景虎に言ったのだ。死者はこの世に残った時点で秩序を乱しているのだと。例外を認める訳にはいかないと。
睨み付けられた眼を覚えている。
あの時、そんな当たり前の理を疑うほどに疲弊した景虎の心を、直江は本当の意味では解ってやれていなかった。
景虎はひとり悩み、ひとりで結論を出した。憎むべきは他人から身体を奪う行為自体だと。死してなお、子供の傍にいたいと願った母親の愛情を自分は否定できない、と。
「あなたは彼女を責めることはできなかったけど、身体を奪われた憑巫の為、結局調伏しました」
赦しを求め、泣き叫ぶ女を《調伏》するのは、とても辛かっただろう。直江にとっても後味の悪い事件だったからよく覚えている。色部のつてで引き取られていった子供の行く末を気にして、景虎が親身に面倒をみていたことも。
顔をあげると、考え込む高耶の姿があった。
あの頃の景虎の表情と重なる。
ひとりでも解決できる事件の相談を口実に、景虎の元へと通った自分。景虎もそれを解っていて直江を家に上げていたのではないかと思う。
事件の無い時は家にこもりがちだった景虎を、一生懸命に外へと連れ出した。この世界は───いや、自分はあなたを必要としているのだと、間接的に伝えようと必死だった。わざわざ事件を呼び込むような職業についた直江の意図までも、景虎は察していただろうか。
「その人はどうすればよかったと思う?」
すっかり心が昔に戻っていた直江は、はっと我に返った。
「死んだ時点で子供のことはさっさとあきらめるべきだったってことか?それがこの世の正しいあり方か?」
高耶は真剣な眼で訊いてくる。それに応えようと考えを巡らせた直江はしばらくして言った。
「残された子供が信頼できる人間のもとで間違いなく幸福であれるという確信があれば、彼女も素直に浄化したかもしれません」
けれど、言いながら自分で疑う。
果たして本当にそうだろうか。たぶん、そんな保障はどこにも無い。必ず浄化できる秘訣なんていうものは、存在しないのだ。
今なら死んでもいい、という人がいるけれど、幸福感で満たされてる最中なら人は誰しも浄化できるのだろうか。その幸福感を味わい続けたいという未練が残ることはないのだろうか
(未練の無い死など果たしてありえるのだろうか)
勿論、そういう死を何度も目撃してはきた。肉体の死とともに浄化していった人々は数限りなく存在する。
ただ、直江が一度だけ体験した"死"は悲憤と憎悪にまみれたものだった。
いつか辿り着く自分の旅路の最終地点には、確実に"本当の終わり"が待ち受けている。全く実感は伴わないが。
その時になって自分は、心の底から死を受け入れるのだろうか。
目の前の高耶は、皿の上のから揚げを見つめながら、まだ何かを考えている。
このひともいつか、本当の死を受け入れることがあるのだろうか。
だとしたら、一体どんな終わり方に納得するというのだろう。
仕事柄、そういうことが多々あった。
その家の主人によると、ある日突然、娘の行方がわからなくなったのだそうだ。
だがそんなことが世間に露見し、下手な風聞を立てられてはまずい。
だから、表向きは湯治に出したということにして、家のものだけでひそかに捜索をした結果、案外簡単に見つかった。
とある長屋で、何故か他人の子を育てていたのだ。
連れ戻そうとしたのだが、騒ぎ立てられてなかなかうまくいかない。
説得しようにも、まるで別人のようになってしまっていて、てんで話が通じない。
そんな娘をなんとか騒ぎにせず、連れ戻せないものかという内容だった。
黒羽織を脱いだ直江がさり気なく様子を窺いに行くと、確かに武家の言った場所に彼女は住んでいて、予見通り、憑依されていた。
そこで景虎の元へこの話を持ち込み、ふたりで彼女を説得しに行ったのだ。
「話をしてみると、娘に憑依していた霊はひどく殊勝な様子で、全てを話してくれました。川の氾濫か何かで死に、気がつくと今の宿体に憑依していたこと。父親はおらず身寄りもないために子供の引き取り手が見つからず、そのまま自分が育てていくしかないのだということ」
実際はちゃんと探せばいくらでも引き取り手はあっただろうが、赤の他人に子供を預けたくないという気持ちは、ふたりにもよくわかった。
「彼女は、自分でも死を受け入れなければいけないことがわかっているのだと言いました。けれど、禁じ手を犯してでも子供の傍にいたいのだと言った。せめてもう少し大きくなるまででもいい。頼むから見逃して欲しい、と頼み込まれたんです」
直江は重苦しく息を吐いた。
「あなたは随分、苦しんだ」
それで直江は景虎に言ったのだ。死者はこの世に残った時点で秩序を乱しているのだと。例外を認める訳にはいかないと。
睨み付けられた眼を覚えている。
あの時、そんな当たり前の理を疑うほどに疲弊した景虎の心を、直江は本当の意味では解ってやれていなかった。
景虎はひとり悩み、ひとりで結論を出した。憎むべきは他人から身体を奪う行為自体だと。死してなお、子供の傍にいたいと願った母親の愛情を自分は否定できない、と。
「あなたは彼女を責めることはできなかったけど、身体を奪われた憑巫の為、結局調伏しました」
赦しを求め、泣き叫ぶ女を《調伏》するのは、とても辛かっただろう。直江にとっても後味の悪い事件だったからよく覚えている。色部のつてで引き取られていった子供の行く末を気にして、景虎が親身に面倒をみていたことも。
顔をあげると、考え込む高耶の姿があった。
あの頃の景虎の表情と重なる。
ひとりでも解決できる事件の相談を口実に、景虎の元へと通った自分。景虎もそれを解っていて直江を家に上げていたのではないかと思う。
事件の無い時は家にこもりがちだった景虎を、一生懸命に外へと連れ出した。この世界は───いや、自分はあなたを必要としているのだと、間接的に伝えようと必死だった。わざわざ事件を呼び込むような職業についた直江の意図までも、景虎は察していただろうか。
「その人はどうすればよかったと思う?」
すっかり心が昔に戻っていた直江は、はっと我に返った。
「死んだ時点で子供のことはさっさとあきらめるべきだったってことか?それがこの世の正しいあり方か?」
高耶は真剣な眼で訊いてくる。それに応えようと考えを巡らせた直江はしばらくして言った。
「残された子供が信頼できる人間のもとで間違いなく幸福であれるという確信があれば、彼女も素直に浄化したかもしれません」
けれど、言いながら自分で疑う。
果たして本当にそうだろうか。たぶん、そんな保障はどこにも無い。必ず浄化できる秘訣なんていうものは、存在しないのだ。
今なら死んでもいい、という人がいるけれど、幸福感で満たされてる最中なら人は誰しも浄化できるのだろうか。その幸福感を味わい続けたいという未練が残ることはないのだろうか
(未練の無い死など果たしてありえるのだろうか)
勿論、そういう死を何度も目撃してはきた。肉体の死とともに浄化していった人々は数限りなく存在する。
ただ、直江が一度だけ体験した"死"は悲憤と憎悪にまみれたものだった。
いつか辿り着く自分の旅路の最終地点には、確実に"本当の終わり"が待ち受けている。全く実感は伴わないが。
その時になって自分は、心の底から死を受け入れるのだろうか。
目の前の高耶は、皿の上のから揚げを見つめながら、まだ何かを考えている。
このひともいつか、本当の死を受け入れることがあるのだろうか。
だとしたら、一体どんな終わり方に納得するというのだろう。
きえん つれびと
奇縁の連人