きえん つれびと
奇縁の連人
「通常、霊体のままではクリアに思考することが難しいんです。大抵は感情のままにしか活動出来ない」
けれど肉体を持てば細かいことまで考えられるようになる。そうなると視野が一気に拡がるから、憑依のメリット、つまり霊感の無い人間への関与や憑坐の社会的な立場の利用等に気付いて活動の幅も拡がり、目的も達成しやすくなる。
「じゃあ、霊にとっては憑依したほうが得なのか」
「いいえ、そうとも言えません。というよりまず、大抵の霊には憑依できるほどの力は備わっていないという前提があるのですが………」
憑依行為のデメリットも多い。
感情に任せて念を放てる霊体と違って肉体で力を使うのには、換生者ほどではないにしても、ちょっとした技術がいるのだ。それに、肉体があれば腹も空くし、怪我だってする。現代で生き抜く為には、身分証明や現金といった問題も出てくる。
「何より魂と肉体は不可分です。魂が肉体を支配するとき、魂もまた肉体の影響を受ける。憑巫の魂を完璧に隔離出来たとしても、肉体そのものから受ける影響は少なからずあります。生きていた頃の自分と全く同じ人間としていることはなかなか難しいでしょうね」
「……それってつまり、換生者も前の体で生きてたときと、今とでは同じ人間ではないってこと?」
「そうですね……」
直江は肯定の意味ではなく、合いの手の意味でその言葉を言った。
「霊魂が一時的に身体を動かす憑依霊とは違って、換生者は特に肉体との関係が密接です。宿体が変われば一から人生をはじめるのと同じことなんです。ニューロンやらシナプスやら諸神経やらは肉体の成長、老化とともにあるのですから、いくら魂が同じものでも、子供ならば子供の、老人ならば老人なりの範囲でしか思考も行動もできない」
高耶の食事の手はすっかり止まってしまっている。
「ただ、たとえば私が、前生と今生において同じ条件下で同じ状況を目の前にした時に、選択した行動が別人のものになるかといったら、それは違います。判断を下す私自身の人格、記憶は魂に依存しますから、同じ判断を下すでしょうね」
「……今の肉体の範囲は超えられないけど、結局は同じ人間ってことか」
「そうなります」
「憑依霊だったらその身体からの影響が少なくてすむ?」
「換生者よりは、です。無い訳ではありません」
高耶は大きくため息をつくと、再び箸を動かし始めた。
「まあ、どっちにしても人の身体を勝手に奪うなんて許せねーよな」
「………」
結局辿りつく結論はいつもそこらしい。
高耶の言葉に直江は違和感を覚えた。
自分が換生者であることがすっぽぬけているのはともかく、今の高耶の発言は完璧に生き人の側にものだった。
本来景虎は死に人側の人間だったはずなのだ。
いや、どちらも捨て切れなかった。狭間で、揺れていた。
死に人の純粋さと残虐性……、生き人の情と裏切り……。
様々な出来事があり、景虎はどちらの味方でもあり、どちらの味方でもなかった。
けれど今の高耶は、片側の立場から力強く発言できる。
その強さを手に入れる為というのも、記憶を封じた理由のひとつなのかもしれないと思った。
(けれどそれはとても危うい………)
「なんだよ」
じっと見つめる直江の視線に高耶は戸惑ったようだ。
《闇戦国》外に於いて、と直江は更に話を進めた。
「憑依するのに充分な霊力があっても憑依しない霊はいるんです。何故だと思いますか?生き人の世界に未練があるものは身体を求める。人であることに拘らない霊は憑依を必要とはしない。つまり憑依を行おうとする霊は人でありたいと思っている霊、と言えなくもないんです」
高耶はせっせと動かしていた箸を、また止めてしまった。
「ひとつ、思い出したことがあります」
あれは西暦で言うといつになるのだろう。
江戸という、非常に発達した文化を持った都市で起きたある事件のことだ。
けれど肉体を持てば細かいことまで考えられるようになる。そうなると視野が一気に拡がるから、憑依のメリット、つまり霊感の無い人間への関与や憑坐の社会的な立場の利用等に気付いて活動の幅も拡がり、目的も達成しやすくなる。
「じゃあ、霊にとっては憑依したほうが得なのか」
「いいえ、そうとも言えません。というよりまず、大抵の霊には憑依できるほどの力は備わっていないという前提があるのですが………」
憑依行為のデメリットも多い。
感情に任せて念を放てる霊体と違って肉体で力を使うのには、換生者ほどではないにしても、ちょっとした技術がいるのだ。それに、肉体があれば腹も空くし、怪我だってする。現代で生き抜く為には、身分証明や現金といった問題も出てくる。
「何より魂と肉体は不可分です。魂が肉体を支配するとき、魂もまた肉体の影響を受ける。憑巫の魂を完璧に隔離出来たとしても、肉体そのものから受ける影響は少なからずあります。生きていた頃の自分と全く同じ人間としていることはなかなか難しいでしょうね」
「……それってつまり、換生者も前の体で生きてたときと、今とでは同じ人間ではないってこと?」
「そうですね……」
直江は肯定の意味ではなく、合いの手の意味でその言葉を言った。
「霊魂が一時的に身体を動かす憑依霊とは違って、換生者は特に肉体との関係が密接です。宿体が変われば一から人生をはじめるのと同じことなんです。ニューロンやらシナプスやら諸神経やらは肉体の成長、老化とともにあるのですから、いくら魂が同じものでも、子供ならば子供の、老人ならば老人なりの範囲でしか思考も行動もできない」
高耶の食事の手はすっかり止まってしまっている。
「ただ、たとえば私が、前生と今生において同じ条件下で同じ状況を目の前にした時に、選択した行動が別人のものになるかといったら、それは違います。判断を下す私自身の人格、記憶は魂に依存しますから、同じ判断を下すでしょうね」
「……今の肉体の範囲は超えられないけど、結局は同じ人間ってことか」
「そうなります」
「憑依霊だったらその身体からの影響が少なくてすむ?」
「換生者よりは、です。無い訳ではありません」
高耶は大きくため息をつくと、再び箸を動かし始めた。
「まあ、どっちにしても人の身体を勝手に奪うなんて許せねーよな」
「………」
結局辿りつく結論はいつもそこらしい。
高耶の言葉に直江は違和感を覚えた。
自分が換生者であることがすっぽぬけているのはともかく、今の高耶の発言は完璧に生き人の側にものだった。
本来景虎は死に人側の人間だったはずなのだ。
いや、どちらも捨て切れなかった。狭間で、揺れていた。
死に人の純粋さと残虐性……、生き人の情と裏切り……。
様々な出来事があり、景虎はどちらの味方でもあり、どちらの味方でもなかった。
けれど今の高耶は、片側の立場から力強く発言できる。
その強さを手に入れる為というのも、記憶を封じた理由のひとつなのかもしれないと思った。
(けれどそれはとても危うい………)
「なんだよ」
じっと見つめる直江の視線に高耶は戸惑ったようだ。
《闇戦国》外に於いて、と直江は更に話を進めた。
「憑依するのに充分な霊力があっても憑依しない霊はいるんです。何故だと思いますか?生き人の世界に未練があるものは身体を求める。人であることに拘らない霊は憑依を必要とはしない。つまり憑依を行おうとする霊は人でありたいと思っている霊、と言えなくもないんです」
高耶はせっせと動かしていた箸を、また止めてしまった。
「ひとつ、思い出したことがあります」
あれは西暦で言うといつになるのだろう。
江戸という、非常に発達した文化を持った都市で起きたある事件のことだ。
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きえん つれびと
奇縁の連人