きえん つれびと
奇縁の連人
「はひ~~~!おいひ~~~♪」
綾子は満面の笑みで焼きたてのパンを口いっぱいにほおばっている。
直江が向かわされたのは話の流れとは全く関係のない、最近話題だというパン屋だった。
先に到着して長い行列に並んでいた直江に後から合流した綾子は、代金もちゃっかり払わせてすっかりご機嫌だ。
この店のクロワッサンは綾子の大のお気に入りで、お昼にあわせて焼きあげることが多いせいか、平日休日にかかわらず昼過ぎになると行列ができるのだそうだ。
「店長さんってのがまだ若いんだけど、すごくがんばってるのよ~♪」
これでもかとパンを口に詰込みながら、綾子は直江に訊いた。
「ね、ところでなによ、この車。ベンツはどうしたの、ベンツは」
ふたりが寄りかかっている車は、ナンバープレートに「わ」の文字が印字された乗用車だ。
直江は、ベンツは家の事情で使用できなかったと言い、反対に、
「お前こそバイクはどうした」
と返した。
綾子は最寄の駅から徒歩でやってきた。電車で来たらしい。もし実家にいたのならこんなに早くは着かないだろう。一体どこで何をやっていたのか。
「昨日の夜、ちょっと都内で盛り上がっちゃって。そのまま友達んとこに泊めてもらったのよ」
これだから、と直江はため息をついた。綾子の酒好きはどうしたって変わらない。
「そもそもなぜ電話を寄越したんだ。用事があったんじゃないのか」
「あ!そーだった。今からちょっと友達と約束があるんだけど、もしかしたらコレするかもしれないから」
毘沙門天の印を結んでみせる。
「怨将絡みか?」
真顔になる直江に綾子は首を振った。
「ううん、ちがうと思う。その子もちょっと視える子なんだけど、学校の先輩で様子が変な人がいるって。私の飲み仲間でもあるんだけどさ、その先輩。最近、顔見ないなあって思ってたらそんな事情だったらしくって」
彼ってムードメーカーだから、いないと盛り上がらなくって、と肩をすくめてみせる綾子は冗談のつもりはなくあくまでも本気だ。
酒盛りを楽しむ為の調査か、と直江は再びため息をついた。
色部の前の宿体である佐々木が逝き、綾子と二人きりになってからは、《力》を使うような事件があればそれが《闇戦国》が絡んでいなくとも必ず情報を共有するようにしてきた。お互いの身に何かあった時に困るからだ。
「わかった。事が終わったら報告は入れろ」
「もちろん!で、ついでにその子の大学まで送って欲しいんだけど」
「………いったい何のついでだ」
「だって~!アシがないんだもん!」
「電車を使え、電車を」
「ああ~~お金がないよ~~直江~~!見て!財布がからっぽだよ~~!!」
泣きまねをしながら騒ぎ立てる綾子を通りすがりの人々がじろじろと見ていく。
直江は耐え切れなくなって言った。
「わかったから騒ぐな。送るだけだぞ。その先は付き合わないからな」
「わ~~い♪悪いわね、いっつも」
本当にいつもいつも……と心の中で悪態をついて、綾子から眼を逸らした直江の視界に、挙動不審な人物が映った。
パン屋の行列はさすがに解消されてはいたものの、店内は客で込み合っている。
その店を入り口から覗き込んでいる若い男がいた。
最初は初めての客が中の様子を窺っているのかと思ったが、そのうち店の横手にある窓の施錠の有無を確認し始めた。
その行動も怪しいが、何より……。
「あいつ、憑依霊じゃない」
「ああ」
綾子は満面の笑みで焼きたてのパンを口いっぱいにほおばっている。
直江が向かわされたのは話の流れとは全く関係のない、最近話題だというパン屋だった。
先に到着して長い行列に並んでいた直江に後から合流した綾子は、代金もちゃっかり払わせてすっかりご機嫌だ。
この店のクロワッサンは綾子の大のお気に入りで、お昼にあわせて焼きあげることが多いせいか、平日休日にかかわらず昼過ぎになると行列ができるのだそうだ。
「店長さんってのがまだ若いんだけど、すごくがんばってるのよ~♪」
これでもかとパンを口に詰込みながら、綾子は直江に訊いた。
「ね、ところでなによ、この車。ベンツはどうしたの、ベンツは」
ふたりが寄りかかっている車は、ナンバープレートに「わ」の文字が印字された乗用車だ。
直江は、ベンツは家の事情で使用できなかったと言い、反対に、
「お前こそバイクはどうした」
と返した。
綾子は最寄の駅から徒歩でやってきた。電車で来たらしい。もし実家にいたのならこんなに早くは着かないだろう。一体どこで何をやっていたのか。
「昨日の夜、ちょっと都内で盛り上がっちゃって。そのまま友達んとこに泊めてもらったのよ」
これだから、と直江はため息をついた。綾子の酒好きはどうしたって変わらない。
「そもそもなぜ電話を寄越したんだ。用事があったんじゃないのか」
「あ!そーだった。今からちょっと友達と約束があるんだけど、もしかしたらコレするかもしれないから」
毘沙門天の印を結んでみせる。
「怨将絡みか?」
真顔になる直江に綾子は首を振った。
「ううん、ちがうと思う。その子もちょっと視える子なんだけど、学校の先輩で様子が変な人がいるって。私の飲み仲間でもあるんだけどさ、その先輩。最近、顔見ないなあって思ってたらそんな事情だったらしくって」
彼ってムードメーカーだから、いないと盛り上がらなくって、と肩をすくめてみせる綾子は冗談のつもりはなくあくまでも本気だ。
酒盛りを楽しむ為の調査か、と直江は再びため息をついた。
色部の前の宿体である佐々木が逝き、綾子と二人きりになってからは、《力》を使うような事件があればそれが《闇戦国》が絡んでいなくとも必ず情報を共有するようにしてきた。お互いの身に何かあった時に困るからだ。
「わかった。事が終わったら報告は入れろ」
「もちろん!で、ついでにその子の大学まで送って欲しいんだけど」
「………いったい何のついでだ」
「だって~!アシがないんだもん!」
「電車を使え、電車を」
「ああ~~お金がないよ~~直江~~!見て!財布がからっぽだよ~~!!」
泣きまねをしながら騒ぎ立てる綾子を通りすがりの人々がじろじろと見ていく。
直江は耐え切れなくなって言った。
「わかったから騒ぐな。送るだけだぞ。その先は付き合わないからな」
「わ~~い♪悪いわね、いっつも」
本当にいつもいつも……と心の中で悪態をついて、綾子から眼を逸らした直江の視界に、挙動不審な人物が映った。
パン屋の行列はさすがに解消されてはいたものの、店内は客で込み合っている。
その店を入り口から覗き込んでいる若い男がいた。
最初は初めての客が中の様子を窺っているのかと思ったが、そのうち店の横手にある窓の施錠の有無を確認し始めた。
その行動も怪しいが、何より……。
「あいつ、憑依霊じゃない」
「ああ」
PR
きえん つれびと
奇縁の連人