きえん つれびと
奇縁の連人
憑依霊独特の波動が、《霊査》せずともわかるくらいあからさまに伝わってくる。
ここらで動いている怨将の情報は入ってきていないが、新手が現れた可能性もある。
「人気店に盗みに入って、資金でも稼ごうって魂胆かしら。私の店に手ぇ出したらただじゃおかないわよっ!」
"私の"というところには疑問を感じたが、勇んで歩き出す綾子の後に直江もついていった。
「ちょっとあんた、なにしてんのよ!」
驚いてビクッと身体を揺らした男は、ゆっくり振り返るとふたりを睨みつけてきた。
色を抜いた髪や、カーゴパンツから垂れたウォレットチェーンが今時の若者らしい。
汗で湿ったTシャツが、真夏の日差しの下に長時間いたことを想像させる。
「別に……なにも」
「なにもじゃないわよ!他人の体使って何たくらんでんのよ」
「!?なんでそれを……っ!!」
憑依霊だと指摘されたのは初めてだったらしい。
一瞬動揺したものの、すぐに口を閉ざしてしまった。
だんまりを決め込むつもりらしい。
お互いが出方を探る張り詰めた雰囲気の中、突如響き渡ったのは、例の耳障りな音だった。
ピピピピピッ ピピピピピッ ピピピピピッ
わずかに綾子と直江が着信音に気を取られた瞬間、男はくるりと向きを変えて、ダッシュした。
「こっ、こらあっ!」
後を追ったが追いつかぬ内に、若者は近くに停めてあった原付バイクに股がって走り去ってしまった。
あっという間の出来事に、追いかける足を踏み留めた綾子は、直江のほうを振り返り怒鳴った。
「ちょっと!どうせ女からでしょ!切っときなさいよ!」
ところが直江は綾子には一向に構わない様子で、鳴り続ける電話を取った。
「もしもし」
『あ、直江?わりい、いま平気?』
「高耶さん!?ええ、大丈夫です」
綾子の予想を裏切って、電話は高耶からだった。
直江は声こそ平静さを装えたものの、内心驚いていた。高耶がケイタイに電話をしてきたのは初めてかもしれない。
雑踏のざわめきが高耶の声と混じって聞こえてくる。
「外からですか?」
『ああ、いま新宿駅でさ。自由が丘に行きたいんだけど、どういきゃいいの?東京に詳しいのって、おまえしか思いつかなくって』
高耶は軽い調子で訊いてくる。
直江も電車はあまり利用しないが、それくらいは分かった。
「東横線なら渋谷乗り換えだと思いますが……」
駅員に聞けばいいとも思うのだが、少しでも頼ってくれたことが直江には嬉しい。
仙台、東京とずっと一緒にいたせいか、高耶はずいぶんと打ち解けてくれたようだ。
甘えられているな、と思う回数が確実に増えていっている。
そうなると、その気持ちに応えたくなるものだ。
「よかったらお送りしましょうか?今、目黒にいるんです。迎えに行きますよ」
「え、まじ?東京出てきてんだ?」
「ええ、渋谷まで出られますか?そこで落ち合いましょう。生憎、晴家も一緒ですけど」
あいにく?と綾子が眉を吊り上げる。
「ねーさんも?なんだ、シゴト中?」
「そういうわけではないんですが」
とりあえず、待ち合わせの場所を決めて電話を切った。
それを待っていたかのように、綾子の攻撃が始まる。
「なによ!私が目と鼻の先に送ってもらいたいって言ったらあんだけごねるくせに、景虎だったらわざわざ迎えにまでいくわけ!?だいたいっ、電車くらい一人で乗れるようにならなきゃ駄目よ!あんたちょっと甘やかしすぎよっ!」
散々怒鳴る綾子にも、直江はまるで聞く耳を持たない。
綾子をちらりとも見ずに目を細くして横を向いたままだ。
なので綾子は言ってやった。
「鼻の下、伸びてるわよ」
やっと、こちらを向いた。
「そんな訳がないだろう……」
そう言いながらも直江は、鼻の下を確かめるように触った。
ここらで動いている怨将の情報は入ってきていないが、新手が現れた可能性もある。
「人気店に盗みに入って、資金でも稼ごうって魂胆かしら。私の店に手ぇ出したらただじゃおかないわよっ!」
"私の"というところには疑問を感じたが、勇んで歩き出す綾子の後に直江もついていった。
「ちょっとあんた、なにしてんのよ!」
驚いてビクッと身体を揺らした男は、ゆっくり振り返るとふたりを睨みつけてきた。
色を抜いた髪や、カーゴパンツから垂れたウォレットチェーンが今時の若者らしい。
汗で湿ったTシャツが、真夏の日差しの下に長時間いたことを想像させる。
「別に……なにも」
「なにもじゃないわよ!他人の体使って何たくらんでんのよ」
「!?なんでそれを……っ!!」
憑依霊だと指摘されたのは初めてだったらしい。
一瞬動揺したものの、すぐに口を閉ざしてしまった。
だんまりを決め込むつもりらしい。
お互いが出方を探る張り詰めた雰囲気の中、突如響き渡ったのは、例の耳障りな音だった。
ピピピピピッ ピピピピピッ ピピピピピッ
わずかに綾子と直江が着信音に気を取られた瞬間、男はくるりと向きを変えて、ダッシュした。
「こっ、こらあっ!」
後を追ったが追いつかぬ内に、若者は近くに停めてあった原付バイクに股がって走り去ってしまった。
あっという間の出来事に、追いかける足を踏み留めた綾子は、直江のほうを振り返り怒鳴った。
「ちょっと!どうせ女からでしょ!切っときなさいよ!」
ところが直江は綾子には一向に構わない様子で、鳴り続ける電話を取った。
「もしもし」
『あ、直江?わりい、いま平気?』
「高耶さん!?ええ、大丈夫です」
綾子の予想を裏切って、電話は高耶からだった。
直江は声こそ平静さを装えたものの、内心驚いていた。高耶がケイタイに電話をしてきたのは初めてかもしれない。
雑踏のざわめきが高耶の声と混じって聞こえてくる。
「外からですか?」
『ああ、いま新宿駅でさ。自由が丘に行きたいんだけど、どういきゃいいの?東京に詳しいのって、おまえしか思いつかなくって』
高耶は軽い調子で訊いてくる。
直江も電車はあまり利用しないが、それくらいは分かった。
「東横線なら渋谷乗り換えだと思いますが……」
駅員に聞けばいいとも思うのだが、少しでも頼ってくれたことが直江には嬉しい。
仙台、東京とずっと一緒にいたせいか、高耶はずいぶんと打ち解けてくれたようだ。
甘えられているな、と思う回数が確実に増えていっている。
そうなると、その気持ちに応えたくなるものだ。
「よかったらお送りしましょうか?今、目黒にいるんです。迎えに行きますよ」
「え、まじ?東京出てきてんだ?」
「ええ、渋谷まで出られますか?そこで落ち合いましょう。生憎、晴家も一緒ですけど」
あいにく?と綾子が眉を吊り上げる。
「ねーさんも?なんだ、シゴト中?」
「そういうわけではないんですが」
とりあえず、待ち合わせの場所を決めて電話を切った。
それを待っていたかのように、綾子の攻撃が始まる。
「なによ!私が目と鼻の先に送ってもらいたいって言ったらあんだけごねるくせに、景虎だったらわざわざ迎えにまでいくわけ!?だいたいっ、電車くらい一人で乗れるようにならなきゃ駄目よ!あんたちょっと甘やかしすぎよっ!」
散々怒鳴る綾子にも、直江はまるで聞く耳を持たない。
綾子をちらりとも見ずに目を細くして横を向いたままだ。
なので綾子は言ってやった。
「鼻の下、伸びてるわよ」
やっと、こちらを向いた。
「そんな訳がないだろう……」
そう言いながらも直江は、鼻の下を確かめるように触った。
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きえん つれびと
奇縁の連人