きえん つれびと
奇縁の連人
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高耶は高耶で、換生という行為の不思議さを噛みしめていた。
"江戸"なんて言われて頭に浮かぶのは、代表的なあの時代劇くらいなものなのに。
過去の時代ががものすごく近しい世界になったような気もするし、全く別の世界の話のような気もする。
その当時にも直江は今と同じように傍にいて、きっと同じように事件のことで話をしたり飯を食ったりしたのかと思うと、本当に不思議だった。
400年もの間、他人の命や魂のことばかりを考えてきたのだろうか。
───そんなこと私達が考えないと思うんですか
今の話で"景虎"が苦しんだことを、きっと直江も苦しんだはずなのだ。
綾子が教えてくれた、直江が黒い服を着る理由………。
(馬鹿なこと聞いちまった)
ここへ来る途中、直江の結婚について訊いたのは、もし妻子持ちで怨霊退治をするとなればきっと大変だと思ったからだったが、自分のではない身体で直江が家庭を持てる訳がないのだ。
換生という行為で虐げた霊魂と、《調伏》であの世へと送りつけた霊魂。
その返り血と悲鳴を吸い込んだ服の黒は、深い闇の色だ。
直江がこの服を脱げるのは、一体いつになるのだろうか。
この世の全ての人間が肉体の死と同時に浄化できると保障された時?
そんな日が来るとは思えないけど。
「あなたを困らせたかった訳ではないんです。ただ………」
眉間に皺を寄せる高耶に向かって直江は言った。
「善と悪、どちらかに分類すること、白黒きっちりつけられる物事というのは本当にわずかしか存在しないのかもしれません。だからこそ我々はどちらの側に立つべきか、何をもって正義とするかを常日頃考え、はっきりさせておく必要があるんだと思います」
人の命に係るような選択をしなければならない時、必ずしも充分に考える時間がある訳ではない。そんな時はきっと、日頃の考えがものをいう。ただ漠然と、生者を味方、死者を敵とするのではなく、普段から色々なケースを想定して悩んでおけと言いたいらしい。
とはいえ、高耶にしてみれば既に答えは出ている。
霊などいなければ、譲を巻き込むことも、国領夫人が命を落とすこともなかったのだから。
この世に残ってしまった霊は、さっさと浄化するべきだ。
(………そうだよな?)
さっきの話に出てきた"景虎"の言う事もわからなくはない。
子供と一緒にいたがる母親の霊を目の前にしたら自分はどう思うのだろう。いや、きっと《調伏》すると思う。だが、結果だけ見れば"景虎"と同じ選択だ。
それなら、そこで出した結論は、誰のモノだ?自分?景虎?
考えれば考えるほど混乱してくる。何に拘ればいいのか。自分自身の考えであること?正しいこと?自分にとっての正義とは何なのか。
「正義って言われてもよくわからない」
「……今はわからないかもしれません。けれど、大丈夫です。あなたの中には必ず、あなただけの正義がある」
「景虎の、だろ」
「高耶さん」
諭すように言われて、高耶は反発して顔を上げた。
「……なら、お前はどう思うんだ?お前の正義はいったいどこにあるっていうんだ」
そんな様子は高耶には見せないけれど、直江の心中はきっと矛盾だらけで、苦しいはずだ。それなのに、いったい何を正義というつもりだ?
が、高耶の意に反して直江はきっぱりと言い切った。
「私の正義はあなたです。それ以外にはない」
「───…… 」
そうだった。こういうことを言う男だった。知ってたのに。
まるで自分から愛の言葉を催促したような照れ臭さを感じて、高耶は気まずく思った。そんなつもりじゃなかった。
けれど、確実に得られる安心感がある。
この男がこうまで言い切るのなら、多少は自信をってもいい気がしてくる。
男が自分を護るのは、使命のためなのかと失望したこともあったが……。
───寄りかかっていいんですよ
「食べないんですか」
直江が皿を指差した。
まるで今までの会話を忘れてしまったかのように、茶化してくる。
「おいしそうですね」
殆ど食べ終わった皿の上には、まだ手をつけられていないから揚げがみっつ、乗っかっている。
「やらねーぞ。とってあるんだから」
そういって高耶はやっと一つ目のから揚げを口の中に放り込んだ。
"江戸"なんて言われて頭に浮かぶのは、代表的なあの時代劇くらいなものなのに。
過去の時代ががものすごく近しい世界になったような気もするし、全く別の世界の話のような気もする。
その当時にも直江は今と同じように傍にいて、きっと同じように事件のことで話をしたり飯を食ったりしたのかと思うと、本当に不思議だった。
400年もの間、他人の命や魂のことばかりを考えてきたのだろうか。
───そんなこと私達が考えないと思うんですか
今の話で"景虎"が苦しんだことを、きっと直江も苦しんだはずなのだ。
綾子が教えてくれた、直江が黒い服を着る理由………。
(馬鹿なこと聞いちまった)
ここへ来る途中、直江の結婚について訊いたのは、もし妻子持ちで怨霊退治をするとなればきっと大変だと思ったからだったが、自分のではない身体で直江が家庭を持てる訳がないのだ。
換生という行為で虐げた霊魂と、《調伏》であの世へと送りつけた霊魂。
その返り血と悲鳴を吸い込んだ服の黒は、深い闇の色だ。
直江がこの服を脱げるのは、一体いつになるのだろうか。
この世の全ての人間が肉体の死と同時に浄化できると保障された時?
そんな日が来るとは思えないけど。
「あなたを困らせたかった訳ではないんです。ただ………」
眉間に皺を寄せる高耶に向かって直江は言った。
「善と悪、どちらかに分類すること、白黒きっちりつけられる物事というのは本当にわずかしか存在しないのかもしれません。だからこそ我々はどちらの側に立つべきか、何をもって正義とするかを常日頃考え、はっきりさせておく必要があるんだと思います」
人の命に係るような選択をしなければならない時、必ずしも充分に考える時間がある訳ではない。そんな時はきっと、日頃の考えがものをいう。ただ漠然と、生者を味方、死者を敵とするのではなく、普段から色々なケースを想定して悩んでおけと言いたいらしい。
とはいえ、高耶にしてみれば既に答えは出ている。
霊などいなければ、譲を巻き込むことも、国領夫人が命を落とすこともなかったのだから。
この世に残ってしまった霊は、さっさと浄化するべきだ。
(………そうだよな?)
さっきの話に出てきた"景虎"の言う事もわからなくはない。
子供と一緒にいたがる母親の霊を目の前にしたら自分はどう思うのだろう。いや、きっと《調伏》すると思う。だが、結果だけ見れば"景虎"と同じ選択だ。
それなら、そこで出した結論は、誰のモノだ?自分?景虎?
考えれば考えるほど混乱してくる。何に拘ればいいのか。自分自身の考えであること?正しいこと?自分にとっての正義とは何なのか。
「正義って言われてもよくわからない」
「……今はわからないかもしれません。けれど、大丈夫です。あなたの中には必ず、あなただけの正義がある」
「景虎の、だろ」
「高耶さん」
諭すように言われて、高耶は反発して顔を上げた。
「……なら、お前はどう思うんだ?お前の正義はいったいどこにあるっていうんだ」
そんな様子は高耶には見せないけれど、直江の心中はきっと矛盾だらけで、苦しいはずだ。それなのに、いったい何を正義というつもりだ?
が、高耶の意に反して直江はきっぱりと言い切った。
「私の正義はあなたです。それ以外にはない」
「───…… 」
そうだった。こういうことを言う男だった。知ってたのに。
まるで自分から愛の言葉を催促したような照れ臭さを感じて、高耶は気まずく思った。そんなつもりじゃなかった。
けれど、確実に得られる安心感がある。
この男がこうまで言い切るのなら、多少は自信をってもいい気がしてくる。
男が自分を護るのは、使命のためなのかと失望したこともあったが……。
───寄りかかっていいんですよ
「食べないんですか」
直江が皿を指差した。
まるで今までの会話を忘れてしまったかのように、茶化してくる。
「おいしそうですね」
殆ど食べ終わった皿の上には、まだ手をつけられていないから揚げがみっつ、乗っかっている。
「やらねーぞ。とってあるんだから」
そういって高耶はやっと一つ目のから揚げを口の中に放り込んだ。
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そんな二人を、綾子は遠くから見つめていた。
二人して周囲から浮きまくっている。
綾子の耳までは届かないが、あまりにもぶっ飛んだ会話の内容のせいか。それ以外にも原因はありそうだが。
(あーあー、また鼻の下伸びてる………)
高耶といる時の直江は、見ているこっちが恥ずかしくなるほどに献身的だ。
最初の頃は反発していた高耶も、今ではそのことにまんざらでもないようにみえる。
(ふたりとも結局、自重なんて出来ないんだから)
綾子としては、あんな風に接してしまって大丈夫だろうかと心配なのだ。
今はいい。でもそのうちに高耶が記憶を取り戻したら、絶対に今までのようにはいかなくなる。きっとあの30年前のふたりに戻ってしまう。
そうなった時、いま、仲が良ければ良いほど辛さも増すのではないだろうか。
この前、千秋にそう言ったら、なるようにしかならない、と言われてしまった。
それはそうだが……。
(防げるものなら防ぎたいじゃない)
30年前に何も出来なかった分、何とかしたいと思う。色部がいれば、上手く立ち回ってくれるのかもしれないが、自分には色部の代わりは荷が重過ぎる。
夜叉衆として4人揃うことになって、ますます色部がこの場にいない事が寂しく感じられた。色部の穏やかな眼差しと物言いが恋しかった。
「綾子ってば」
「へ?」
「へ、じゃないよ。まだあの人と付き合いあるの?」
高校生の頃から仲良くしているこの友人は、とんでもない誤解をしていて、言ってもなかなか正してくれない。
直江と自分がデキていると思っているのだ。
「だっからあ、そんなんじゃないってば!」
旅行が趣味(ということにしている)の綾子の旅に、あの黒服の男がたびたび同行していることをこの友達は知っている。
(まあ、いいかげん慣れたけど)
直江の家族を含めて、昔からこの手の誤解は散々受けてきた。が、直江との関係性はそう簡単に説明しきれるものではない。言い訳も出来ないから、相手を一方的に責めることも出来ない。
彼女が言うには、綾子にはもっと相応しい人がいると思うんだけど、だそうだ。自分の身を案じてくれる彼女の気持ちが嬉しくもあり、複雑な気分だ。
(景虎みたいに、最初っから従兄弟ってことにしとけばよかったかな)
いや、この友人とは家族ぐるみだからすぐにばれてしまうか。
「それより、綾子。高塚先輩に会いに来たんじゃなかったっけ?」
「あぁ、そうそう、そうだった。様子、どう?」
「ん~、昨日会ったけど……やっぱり、おかしかったよ。憑かれてるね、あれは」
彼女の霊力はさほど強いものではないが、憑依の有無は感覚的に判るらしい。
「今、どこにいるかわかる?」
「またロクロまわしてんじゃないかな?昨日もほとんどあそこにこもってたみたいだから」
「ええぇ?」
あそこ、とは陶芸同好会の作陶室だ。
なんでも高塚が何処かから中古の電気釜を安く譲ってもらえるとかで、人を集めてあっという間に立ち上げてしまったという。
(憑依霊が陶芸?陶芸家の霊かしら)
あの人と一緒にいる男の子は誰よ、という友人の追求を適当にごまかして、綾子はそそくさ二人の元へ戻った。
すると、おいしいから揚げのコツを話す高耶に、直江が手作り料理を振舞ってもらう約束を取り付けているところだった。
「ちょっと、いつまでいちゃいちゃしてんの!早く行くわよ!」
反論したがる高耶と、白い目でみる直江を追い立てるようにして、綾子は作陶室へと向かった。
「高塚って友達の入ってるサークルの先輩で、もう何年卒業逃してるのかわかんないような、すっごい変わってる人なんだけど。彼も霊感強くって、よく相談に乗ったりしてたのよ」
早い話が飲み友達だ。
何度か行った事のある道筋を思い出しながら辿り着いたのは、明らかに倉庫と兼用になっているプレハブ小屋だった。
そっと中を覗き込んでみると、高塚はいた。作務衣に長い髪を後ろで束ね、少し長めの顎には伸ばしっぱなしの髭。腰を入れて土を練るその動きは、どうみても普通の大学生には見えない。立派な陶芸家だ。
そして、普通でないことがもうひとつ。
「間違いない。憑依されてるわね」
「でも、悪い気は感じねーな」
高耶が眉をひそめながら言う。
「やっぱり陶芸家の霊かしら」
この暑さの中、大した空調機能もない部屋で一心不乱に土に向かっている。こちらに気付く様子もまったくない。
「とりあえず言い分を聞いてみましょ」
何故、高塚の身体に憑依しているのか。
綾子の脳裏には先程の失敗が浮かんだ。このまま扉から入って行けば、正面の開きっぱなしになっている大きな窓から逃げられてしまうかもしれない。
「俺が奥へまわる」
直江も同じことを考えていたらしく、建物の裏手へと歩き出した。
「ケイタイ、きってよね!」
気配を消しながら歩を進める直江の背中に小声で言ってしばらく待つと、綾子はものすごい音をたててドアを開け放った。
「観念しなさい!!」
その突拍子もない台詞に、隣にいた高耶が思わず何をだよ、と突っ込む。
「……はあ」
高塚の身体を乗っ取ったその霊は、訳のわからない状況に、ぼんやりとした顔で綾子をみた。
「私には全てお見通しよ!高塚くんの身体で一体何をするつもりなのっ!?」
きょとん、としていた霊は綾子のものすごい剣幕におされる形で口を開いた。
「……それが……その……」
憑依霊はもじもじと土で汚れた手元を見つめた。
「忘れてしまって……」
「へっ??」
「思い出せないんです……」
今度は綾子たちが、ぽかんと憑依霊の顔を見つめる番だった。
二人して周囲から浮きまくっている。
綾子の耳までは届かないが、あまりにもぶっ飛んだ会話の内容のせいか。それ以外にも原因はありそうだが。
(あーあー、また鼻の下伸びてる………)
高耶といる時の直江は、見ているこっちが恥ずかしくなるほどに献身的だ。
最初の頃は反発していた高耶も、今ではそのことにまんざらでもないようにみえる。
(ふたりとも結局、自重なんて出来ないんだから)
綾子としては、あんな風に接してしまって大丈夫だろうかと心配なのだ。
今はいい。でもそのうちに高耶が記憶を取り戻したら、絶対に今までのようにはいかなくなる。きっとあの30年前のふたりに戻ってしまう。
そうなった時、いま、仲が良ければ良いほど辛さも増すのではないだろうか。
この前、千秋にそう言ったら、なるようにしかならない、と言われてしまった。
それはそうだが……。
(防げるものなら防ぎたいじゃない)
30年前に何も出来なかった分、何とかしたいと思う。色部がいれば、上手く立ち回ってくれるのかもしれないが、自分には色部の代わりは荷が重過ぎる。
夜叉衆として4人揃うことになって、ますます色部がこの場にいない事が寂しく感じられた。色部の穏やかな眼差しと物言いが恋しかった。
「綾子ってば」
「へ?」
「へ、じゃないよ。まだあの人と付き合いあるの?」
高校生の頃から仲良くしているこの友人は、とんでもない誤解をしていて、言ってもなかなか正してくれない。
直江と自分がデキていると思っているのだ。
「だっからあ、そんなんじゃないってば!」
旅行が趣味(ということにしている)の綾子の旅に、あの黒服の男がたびたび同行していることをこの友達は知っている。
(まあ、いいかげん慣れたけど)
直江の家族を含めて、昔からこの手の誤解は散々受けてきた。が、直江との関係性はそう簡単に説明しきれるものではない。言い訳も出来ないから、相手を一方的に責めることも出来ない。
彼女が言うには、綾子にはもっと相応しい人がいると思うんだけど、だそうだ。自分の身を案じてくれる彼女の気持ちが嬉しくもあり、複雑な気分だ。
(景虎みたいに、最初っから従兄弟ってことにしとけばよかったかな)
いや、この友人とは家族ぐるみだからすぐにばれてしまうか。
「それより、綾子。高塚先輩に会いに来たんじゃなかったっけ?」
「あぁ、そうそう、そうだった。様子、どう?」
「ん~、昨日会ったけど……やっぱり、おかしかったよ。憑かれてるね、あれは」
彼女の霊力はさほど強いものではないが、憑依の有無は感覚的に判るらしい。
「今、どこにいるかわかる?」
「またロクロまわしてんじゃないかな?昨日もほとんどあそこにこもってたみたいだから」
「ええぇ?」
あそこ、とは陶芸同好会の作陶室だ。
なんでも高塚が何処かから中古の電気釜を安く譲ってもらえるとかで、人を集めてあっという間に立ち上げてしまったという。
(憑依霊が陶芸?陶芸家の霊かしら)
あの人と一緒にいる男の子は誰よ、という友人の追求を適当にごまかして、綾子はそそくさ二人の元へ戻った。
すると、おいしいから揚げのコツを話す高耶に、直江が手作り料理を振舞ってもらう約束を取り付けているところだった。
「ちょっと、いつまでいちゃいちゃしてんの!早く行くわよ!」
反論したがる高耶と、白い目でみる直江を追い立てるようにして、綾子は作陶室へと向かった。
「高塚って友達の入ってるサークルの先輩で、もう何年卒業逃してるのかわかんないような、すっごい変わってる人なんだけど。彼も霊感強くって、よく相談に乗ったりしてたのよ」
早い話が飲み友達だ。
何度か行った事のある道筋を思い出しながら辿り着いたのは、明らかに倉庫と兼用になっているプレハブ小屋だった。
そっと中を覗き込んでみると、高塚はいた。作務衣に長い髪を後ろで束ね、少し長めの顎には伸ばしっぱなしの髭。腰を入れて土を練るその動きは、どうみても普通の大学生には見えない。立派な陶芸家だ。
そして、普通でないことがもうひとつ。
「間違いない。憑依されてるわね」
「でも、悪い気は感じねーな」
高耶が眉をひそめながら言う。
「やっぱり陶芸家の霊かしら」
この暑さの中、大した空調機能もない部屋で一心不乱に土に向かっている。こちらに気付く様子もまったくない。
「とりあえず言い分を聞いてみましょ」
何故、高塚の身体に憑依しているのか。
綾子の脳裏には先程の失敗が浮かんだ。このまま扉から入って行けば、正面の開きっぱなしになっている大きな窓から逃げられてしまうかもしれない。
「俺が奥へまわる」
直江も同じことを考えていたらしく、建物の裏手へと歩き出した。
「ケイタイ、きってよね!」
気配を消しながら歩を進める直江の背中に小声で言ってしばらく待つと、綾子はものすごい音をたててドアを開け放った。
「観念しなさい!!」
その突拍子もない台詞に、隣にいた高耶が思わず何をだよ、と突っ込む。
「……はあ」
高塚の身体を乗っ取ったその霊は、訳のわからない状況に、ぼんやりとした顔で綾子をみた。
「私には全てお見通しよ!高塚くんの身体で一体何をするつもりなのっ!?」
きょとん、としていた霊は綾子のものすごい剣幕におされる形で口を開いた。
「……それが……その……」
憑依霊はもじもじと土で汚れた手元を見つめた。
「忘れてしまって……」
「へっ??」
「思い出せないんです……」
今度は綾子たちが、ぽかんと憑依霊の顔を見つめる番だった。
「つまり、帰る場所があったはずなのに、どこだかわからないと」
事情を聞き出してみるとそういうことらしい。
「自分の名前すら覚えていなくて」
「冴えない話……」
一週間程前に高塚と出会ったとき、この霊は迷子になっていたらしい。
よくよく霊査してみると、邪気どころか守護霊に近い霊波を持っているから、どこかで何かを護っていた霊なのではないだろうか。
「この高塚さんって方はとてもいい人で。自分の身体を貸してやるから戻るべき場所を探してみろって」
綾子は、
「そんなまさか!高塚くんってばすっごく怖がりで、霊とみると逃げまわってるような人なのよ!」
正直に言いなさい!と綾子はベテラン刑事のように机を叩いた。
「本当です!すごく親身になって話を聞いてくれて!まあ、そうとう酔われているようでしたけど……」
悲鳴に近い声で霊が反論する。
酔った勢いで霊に身体を貸してやる人物とは……。
「お前と気が合う訳だ」
直江がため息をつきながら言った。
綾子はどういう意味よ、といいながら更に霊を問い詰める。
「それなのにのんきに陶芸なんかやってたの?」
「この土をこねる感触が気に入って……」
みれば練り終わった土ばかりが並んでいる。
「これをやっていると、何かを思い出せそうな気がして」
それでここ数日間、ずっと作陶室にこもっているそうだ。
「つくづく冴えないわ……」
霊齢は若い。十数年程度だろうか。
「どうしても帰らなきゃ、って思うんです。でも、それがどこだかわからなくて……っ」
苦しげな声で言う。初めて表情らしい表情を浮かべた。ぼんやりはしていても彼なりに焦りはあるらしい。
とりあえず、三人は部屋の隅に移って作戦を練った。
「《調伏》はできないわよねえ」
「そうだな」
迷子の守護霊などあまり聞いたことがない。
でも放っておいたら、高塚は一生憑依されたままだ。
「どーすんだよ」
「記憶がないというのなら退行催眠という手もありますが」
長秀だけでなく、直江や綾子も暗示を使えない訳ではないが、得体の知れない霊だし、何が起こるかわからない。下手に手を出したくない。
他にもいくつか方法を挙げる直江の話を聞いていて、綾子はだんだん面倒くさいといった表情になってきた。
「ま、高塚くんなら1、2ヶ月憑かれてたってへたるような人じゃないし、自分で思い出すのを気長に待ってみましょ。私も元の居場所を探す手伝いくらいならしてあげたっていいわよ」
「どうやって?」
「覚えてることを手がかりにしてなんとか……?」
うさんくさそうな顔で聞いていた高耶が、急に無言になって手をかざし、綾子を制した。
入り口の方を見ている。
「誰かいる」
直江も同じ方へ視線を向けていた。
「ええ。どうやら尾けられていたようですね」
少し高耶を庇うようにして立つ。
「いい加減出てきたらどうだ」
声をかけると、数秒して若い男が現れた。見覚えのある人物だ。
「お前は……」
パン屋でみかけた憑依霊が、そこに立っていた。
「君達は、何者なんだ?幽霊相手に、一体何をしている?」
話を全て聞かれていたらしい。先程は急に向けた警戒心に思わず逃げ出してしまっただけだったのだろう。今のやりとりを聞いて、直江たちがどういうつもりなのか、察しがついたようだ。
「俺たちはこの世に残ってしまった霊たちの助けになりたいと思っている者だ。君も何かがあって他人の身体に取り憑いているんだろう?何なら事情を話してみたらどうだ」
暫く迷っていたその霊は、直江の眼を睨み付けながら口を開いた。
「復讐がしたいんだ。手伝って欲しい」
その声には、深い憎しみが込められていた。
事情を聞き出してみるとそういうことらしい。
「自分の名前すら覚えていなくて」
「冴えない話……」
一週間程前に高塚と出会ったとき、この霊は迷子になっていたらしい。
よくよく霊査してみると、邪気どころか守護霊に近い霊波を持っているから、どこかで何かを護っていた霊なのではないだろうか。
「この高塚さんって方はとてもいい人で。自分の身体を貸してやるから戻るべき場所を探してみろって」
綾子は、
「そんなまさか!高塚くんってばすっごく怖がりで、霊とみると逃げまわってるような人なのよ!」
正直に言いなさい!と綾子はベテラン刑事のように机を叩いた。
「本当です!すごく親身になって話を聞いてくれて!まあ、そうとう酔われているようでしたけど……」
悲鳴に近い声で霊が反論する。
酔った勢いで霊に身体を貸してやる人物とは……。
「お前と気が合う訳だ」
直江がため息をつきながら言った。
綾子はどういう意味よ、といいながら更に霊を問い詰める。
「それなのにのんきに陶芸なんかやってたの?」
「この土をこねる感触が気に入って……」
みれば練り終わった土ばかりが並んでいる。
「これをやっていると、何かを思い出せそうな気がして」
それでここ数日間、ずっと作陶室にこもっているそうだ。
「つくづく冴えないわ……」
霊齢は若い。十数年程度だろうか。
「どうしても帰らなきゃ、って思うんです。でも、それがどこだかわからなくて……っ」
苦しげな声で言う。初めて表情らしい表情を浮かべた。ぼんやりはしていても彼なりに焦りはあるらしい。
とりあえず、三人は部屋の隅に移って作戦を練った。
「《調伏》はできないわよねえ」
「そうだな」
迷子の守護霊などあまり聞いたことがない。
でも放っておいたら、高塚は一生憑依されたままだ。
「どーすんだよ」
「記憶がないというのなら退行催眠という手もありますが」
長秀だけでなく、直江や綾子も暗示を使えない訳ではないが、得体の知れない霊だし、何が起こるかわからない。下手に手を出したくない。
他にもいくつか方法を挙げる直江の話を聞いていて、綾子はだんだん面倒くさいといった表情になってきた。
「ま、高塚くんなら1、2ヶ月憑かれてたってへたるような人じゃないし、自分で思い出すのを気長に待ってみましょ。私も元の居場所を探す手伝いくらいならしてあげたっていいわよ」
「どうやって?」
「覚えてることを手がかりにしてなんとか……?」
うさんくさそうな顔で聞いていた高耶が、急に無言になって手をかざし、綾子を制した。
入り口の方を見ている。
「誰かいる」
直江も同じ方へ視線を向けていた。
「ええ。どうやら尾けられていたようですね」
少し高耶を庇うようにして立つ。
「いい加減出てきたらどうだ」
声をかけると、数秒して若い男が現れた。見覚えのある人物だ。
「お前は……」
パン屋でみかけた憑依霊が、そこに立っていた。
「君達は、何者なんだ?幽霊相手に、一体何をしている?」
話を全て聞かれていたらしい。先程は急に向けた警戒心に思わず逃げ出してしまっただけだったのだろう。今のやりとりを聞いて、直江たちがどういうつもりなのか、察しがついたようだ。
「俺たちはこの世に残ってしまった霊たちの助けになりたいと思っている者だ。君も何かがあって他人の身体に取り憑いているんだろう?何なら事情を話してみたらどうだ」
暫く迷っていたその霊は、直江の眼を睨み付けながら口を開いた。
「復讐がしたいんだ。手伝って欲しい」
その声には、深い憎しみが込められていた。
「今日は身の上話を聞いてばっかね」
しかも霊のものばかりをだ。眼光鋭い憑依霊の隣に、何故か高塚(に憑依した霊)が座っているから、三人は正面に立った。
やはり先程と同じ、尋問する刑事のように綾子が身を乗り出す。
「まずは、名前ね。忘れたとは言わせないわよ」
「……増田だ」
人差し指を突きつけられた憑依霊はそう言った。
「で、マスダさんは一体どうして復讐がしたい訳?」
増田の声色に再び不穏な空気が混じる。
「あの"アンジュ"はもともと、私の店だったんだ。それをあの男に奪われた。だから、だ」
直江は思わず綾子と顔を見合わせた。
"アンジュ"とは先程のパン屋の名前だ。わからないでいる高耶に直江が耳打ちで教えてやっている。
「あの男っていうのは誰のことよ」
「あの店の店長だ」
綾子はホウ、とため息をついた。
「あんなに優しそうなのに……。強引なところもあるのね」
つっこみたい気持ちを抑えて、直江が先を促す。
「借金のカタか何かでとられたのか?」
「いや、違う」
「じゃあ、娘婿が勝手に跡を継いだとか?」
その問いは何故か綾子が即座に否定された。
「ううん、あの店長さんは32歳独身。ちゃんとリサーチ済みよ」
「………」
言葉を失う直江を置き去りにして、綾子は店長寄りで話を進める。
「大体それっていつの話よ?あんた死んでから50年は経ってるでしょう?あの店長さんがあんたから店を乗っ取れる訳ないと思うんだけど」
「……でも、間違いない!あの店もあのクロワッサンも私のものなんだ!」
綾子お気に入りのサクふわクロワッサンには店の名と同じくアンジュ(天使)と名がつけられていて、店の名物商品でもある。
「そう言われてもねぇ……」
増田の必死さをプラスして考えても、なんだか説得力がない。話が漠然としすぎているせいだ。
「もっと具体的に話してくれ。いつ、どうやって奪われたんだ?」
「それは………。わからない」
「わからないってまさか、あんたまで記憶喪失とかいうんじゃないでしょうねぇ」
増田はそのまま黙りこくってしまった。
「ちょっと待ってよ。それで何で奪われたって言いきれるのよ」
「三浦君が言っていたからだ。あの店長は極悪非道で相当の悪だそうだから」
「あんた……っ、誰よ三浦って!いい加減にしないとキレるわよっ」
すると、綾子を睨みつけていた増田におかしな現象が起きた。
「なに……?」
一度まばたきをした男が再び開眼した時には、まったく様子が変わってしまったのだ。
「俺が説明します」
「はい?」
明らかに口調も違う。イントネーションが現代の若者そのものだ。
「俺、三浦っていいます。身体を増田さんに貸している者です」
「はぁっ?」
今度は三人で顔を見合わせた。一体どういうことか。
「実は俺、アンジュの元従業員なんです。けど、店長と喧嘩して店飛び出しちゃって」
身なりの通りイマドキの若者といった感じの三浦はハキハキと喋った。
「あの店長マジ性格悪くて。俺なんて親にも滅多に怒られたりしねぇのに、一回遅刻しただけで態度が悪ぃって殴られたんすよ!?だからまあ、結局耐えられなくなって辞めたんですけど。でも泣き寝入りすんのもヤだったから、窓ガラス割ったり、店長の自転車のタイヤをパンクさせたり地道に活動してたんですけど」
「タチ悪い……立派な犯罪じゃないのよ」
それを聞いた高耶はなんだかバツの悪そうな顔をしている。元ヤンとしては、似たようなことで身に覚えがあるらしい。
「まあ、それだけ頭にキてたんです、俺も。どうしてもパン職人になりたくてあの店に入ったのに、全然思うようにいかねぇし……。で、そんなときにたまたまバァちゃんが入院することになって、見舞いに行った病院で増田さんに声かけられたんです」
「声かけられたって、ナンパじゃないんだからさ」
「最初は幽霊だってわかんなくて。でも色々話してるうちに製パンの話になって、昔職人だったこととか、オリジナルレシピのこととか聞いたりして」
「へぇ……」
増田の容姿が亡くなった祖父に似ていることも、打ち解けられた原因なんだそうだ。なんだか老人には優しい性格の持ち主らしい。
「そんでクロワッサンの話とか、増田さんの店の名前も実は"アンジュ"だったとかって話になって。どうしても一度店を見てみたいっていうから俺にヒョーイしてもらったんです」
息を引き取った病院で地縛霊となっていた増田は、そうしないと移動できなかったそうだ。
「それであそこにいたのね」
「そう。したらあんたたちが現れて」
直江と綾子を何故か店長の"手先"だと思ったのだそうだ。三浦にしてみても散々嫌がらせをした後ろ暗さがあるから、逃げ出したのだという。
「でも、あんたたちを追っていけば、アジトがわかるんじゃないかと思って」
店長をまるで悪の親玉のように思っているらしい。
「残念ながら、私たちは店長とは無関係よ」
本当に残念だけど、と綾子がしつこく繰り返す。
「店に行ってみて何か分かったのか?」
直江が聞くと、三浦は首を振った。
「それが、なんだか増田さんの言うことがあいまいで……。そこは直接聞いてみてください」
そういうと、三浦は再び増田と入れ替わった。
しかも霊のものばかりをだ。眼光鋭い憑依霊の隣に、何故か高塚(に憑依した霊)が座っているから、三人は正面に立った。
やはり先程と同じ、尋問する刑事のように綾子が身を乗り出す。
「まずは、名前ね。忘れたとは言わせないわよ」
「……増田だ」
人差し指を突きつけられた憑依霊はそう言った。
「で、マスダさんは一体どうして復讐がしたい訳?」
増田の声色に再び不穏な空気が混じる。
「あの"アンジュ"はもともと、私の店だったんだ。それをあの男に奪われた。だから、だ」
直江は思わず綾子と顔を見合わせた。
"アンジュ"とは先程のパン屋の名前だ。わからないでいる高耶に直江が耳打ちで教えてやっている。
「あの男っていうのは誰のことよ」
「あの店の店長だ」
綾子はホウ、とため息をついた。
「あんなに優しそうなのに……。強引なところもあるのね」
つっこみたい気持ちを抑えて、直江が先を促す。
「借金のカタか何かでとられたのか?」
「いや、違う」
「じゃあ、娘婿が勝手に跡を継いだとか?」
その問いは何故か綾子が即座に否定された。
「ううん、あの店長さんは32歳独身。ちゃんとリサーチ済みよ」
「………」
言葉を失う直江を置き去りにして、綾子は店長寄りで話を進める。
「大体それっていつの話よ?あんた死んでから50年は経ってるでしょう?あの店長さんがあんたから店を乗っ取れる訳ないと思うんだけど」
「……でも、間違いない!あの店もあのクロワッサンも私のものなんだ!」
綾子お気に入りのサクふわクロワッサンには店の名と同じくアンジュ(天使)と名がつけられていて、店の名物商品でもある。
「そう言われてもねぇ……」
増田の必死さをプラスして考えても、なんだか説得力がない。話が漠然としすぎているせいだ。
「もっと具体的に話してくれ。いつ、どうやって奪われたんだ?」
「それは………。わからない」
「わからないってまさか、あんたまで記憶喪失とかいうんじゃないでしょうねぇ」
増田はそのまま黙りこくってしまった。
「ちょっと待ってよ。それで何で奪われたって言いきれるのよ」
「三浦君が言っていたからだ。あの店長は極悪非道で相当の悪だそうだから」
「あんた……っ、誰よ三浦って!いい加減にしないとキレるわよっ」
すると、綾子を睨みつけていた増田におかしな現象が起きた。
「なに……?」
一度まばたきをした男が再び開眼した時には、まったく様子が変わってしまったのだ。
「俺が説明します」
「はい?」
明らかに口調も違う。イントネーションが現代の若者そのものだ。
「俺、三浦っていいます。身体を増田さんに貸している者です」
「はぁっ?」
今度は三人で顔を見合わせた。一体どういうことか。
「実は俺、アンジュの元従業員なんです。けど、店長と喧嘩して店飛び出しちゃって」
身なりの通りイマドキの若者といった感じの三浦はハキハキと喋った。
「あの店長マジ性格悪くて。俺なんて親にも滅多に怒られたりしねぇのに、一回遅刻しただけで態度が悪ぃって殴られたんすよ!?だからまあ、結局耐えられなくなって辞めたんですけど。でも泣き寝入りすんのもヤだったから、窓ガラス割ったり、店長の自転車のタイヤをパンクさせたり地道に活動してたんですけど」
「タチ悪い……立派な犯罪じゃないのよ」
それを聞いた高耶はなんだかバツの悪そうな顔をしている。元ヤンとしては、似たようなことで身に覚えがあるらしい。
「まあ、それだけ頭にキてたんです、俺も。どうしてもパン職人になりたくてあの店に入ったのに、全然思うようにいかねぇし……。で、そんなときにたまたまバァちゃんが入院することになって、見舞いに行った病院で増田さんに声かけられたんです」
「声かけられたって、ナンパじゃないんだからさ」
「最初は幽霊だってわかんなくて。でも色々話してるうちに製パンの話になって、昔職人だったこととか、オリジナルレシピのこととか聞いたりして」
「へぇ……」
増田の容姿が亡くなった祖父に似ていることも、打ち解けられた原因なんだそうだ。なんだか老人には優しい性格の持ち主らしい。
「そんでクロワッサンの話とか、増田さんの店の名前も実は"アンジュ"だったとかって話になって。どうしても一度店を見てみたいっていうから俺にヒョーイしてもらったんです」
息を引き取った病院で地縛霊となっていた増田は、そうしないと移動できなかったそうだ。
「それであそこにいたのね」
「そう。したらあんたたちが現れて」
直江と綾子を何故か店長の"手先"だと思ったのだそうだ。三浦にしてみても散々嫌がらせをした後ろ暗さがあるから、逃げ出したのだという。
「でも、あんたたちを追っていけば、アジトがわかるんじゃないかと思って」
店長をまるで悪の親玉のように思っているらしい。
「残念ながら、私たちは店長とは無関係よ」
本当に残念だけど、と綾子がしつこく繰り返す。
「店に行ってみて何か分かったのか?」
直江が聞くと、三浦は首を振った。
「それが、なんだか増田さんの言うことがあいまいで……。そこは直接聞いてみてください」
そういうと、三浦は再び増田と入れ替わった。
「で、やっぱりアンジュはあんたの店に間違いない訳?」
人格が増田に入れ替わると、とたんに眼光が鋭くなる。
「それは絶対に間違いない!店構えに見覚えはなかったが、あのクロワッサンの匂い……あれだけは絶対に間違えない自信がある!」
増田は強く言い切った。
「そういえばあの店、一度新装開店してその後人気が出始めたのよね」
綾子が口元に手を当てながら言う。ならば、店舗を外から見ただけでは判断がつかないかもしれない。
「あんた、家族はいるのか?」
高耶が増田に訊いた。
「もしあんたの店を乗っ取ろうって奴がでてきたら、家族が黙ってないんじゃないのか?」
増田は首を横に振った。
「生前の記憶はもう殆ど残っていないんだ……。いたのかもしれないし、いなかったかもしれない」
「三浦と出会った病院で亡くなったのは間違いないんだな?」
「それは間違いない。どこの病室だったかも覚えてる」
その他ひと通り話を聞いた後で、三人はまた隅に寄って相談を始めた。
「店のほうは登記を取ってみましょう。彼の身元に関しては病院を当たってみるのが一番早いと思います」
そう提案した直江に綾子はあっけらかんと言い放った。
「てゆーかそんなのめんどくさいからさ、直接店長に話聞きにいきましょうよ」
直江が呆れた顔で綾子を見た。面倒くさがりにもほどがある。というより、何か他意があるような気がしてならない。
「乗っ取りが事実だとして、そんなことを企む人間が素直に話をしてくれると思うのか?」
「あの店長さんがそんなことする訳ないんだってば!」
直江は大きくため息をつくと、二人の憑依霊へ視線をやった。
境遇が似ていなくもない憑依霊ふたりはなんだか異様に気が合うらしく、楽しそうに話している。
「土をこねるというのは空気を抜く為なんだけど、やりすぎてもいけないようなんです。乾いてしまうから」
「やりすぎてもいけないというのはパンでも同じだね。パンをこねる過程で注意すべきは"グルテン"なんだけどね」
「ええ、ええ」
「グルテンっていうのは……」
そこから増田の講義が始まった。高塚は人の好い笑顔を浮かべてにこにこと聞いている。
なんだか奇妙な友情が生まれ始めているようだ。
「ともかくここにいてもしょうがないから」
結論を促すために綾子は景虎を見た。
直江も見る。
二人の視線を浴びながら、高耶は言った。
「……店長に会ってみる」
綾子がガッツポーズをとった。
「高耶さん」
「どんな奴なのかは直接話して見なきゃわかんねーだろ」
「……わかりました」
「決まりね!」
「"陶芸家"のほうはどうしますか?」
「連れて行く」
「はい?」
「何か仲良さそうにしてるし。色んなとこに連れて行ったほうが思い出すきっかけも掴みやすいかもしんねーし」
「そうでうすね」
直江は頷いた。
そうと決まれば三人の行動は早い。すぐにふたりに声をかけ、三浦はバイクで、その他の4人が車で移動することとなった。
人格が増田に入れ替わると、とたんに眼光が鋭くなる。
「それは絶対に間違いない!店構えに見覚えはなかったが、あのクロワッサンの匂い……あれだけは絶対に間違えない自信がある!」
増田は強く言い切った。
「そういえばあの店、一度新装開店してその後人気が出始めたのよね」
綾子が口元に手を当てながら言う。ならば、店舗を外から見ただけでは判断がつかないかもしれない。
「あんた、家族はいるのか?」
高耶が増田に訊いた。
「もしあんたの店を乗っ取ろうって奴がでてきたら、家族が黙ってないんじゃないのか?」
増田は首を横に振った。
「生前の記憶はもう殆ど残っていないんだ……。いたのかもしれないし、いなかったかもしれない」
「三浦と出会った病院で亡くなったのは間違いないんだな?」
「それは間違いない。どこの病室だったかも覚えてる」
その他ひと通り話を聞いた後で、三人はまた隅に寄って相談を始めた。
「店のほうは登記を取ってみましょう。彼の身元に関しては病院を当たってみるのが一番早いと思います」
そう提案した直江に綾子はあっけらかんと言い放った。
「てゆーかそんなのめんどくさいからさ、直接店長に話聞きにいきましょうよ」
直江が呆れた顔で綾子を見た。面倒くさがりにもほどがある。というより、何か他意があるような気がしてならない。
「乗っ取りが事実だとして、そんなことを企む人間が素直に話をしてくれると思うのか?」
「あの店長さんがそんなことする訳ないんだってば!」
直江は大きくため息をつくと、二人の憑依霊へ視線をやった。
境遇が似ていなくもない憑依霊ふたりはなんだか異様に気が合うらしく、楽しそうに話している。
「土をこねるというのは空気を抜く為なんだけど、やりすぎてもいけないようなんです。乾いてしまうから」
「やりすぎてもいけないというのはパンでも同じだね。パンをこねる過程で注意すべきは"グルテン"なんだけどね」
「ええ、ええ」
「グルテンっていうのは……」
そこから増田の講義が始まった。高塚は人の好い笑顔を浮かべてにこにこと聞いている。
なんだか奇妙な友情が生まれ始めているようだ。
「ともかくここにいてもしょうがないから」
結論を促すために綾子は景虎を見た。
直江も見る。
二人の視線を浴びながら、高耶は言った。
「……店長に会ってみる」
綾子がガッツポーズをとった。
「高耶さん」
「どんな奴なのかは直接話して見なきゃわかんねーだろ」
「……わかりました」
「決まりね!」
「"陶芸家"のほうはどうしますか?」
「連れて行く」
「はい?」
「何か仲良さそうにしてるし。色んなとこに連れて行ったほうが思い出すきっかけも掴みやすいかもしんねーし」
「そうでうすね」
直江は頷いた。
そうと決まれば三人の行動は早い。すぐにふたりに声をかけ、三浦はバイクで、その他の4人が車で移動することとなった。
きえん つれびと
奇縁の連人