きえん つれびと
奇縁の連人
「今日は身の上話を聞いてばっかね」
しかも霊のものばかりをだ。眼光鋭い憑依霊の隣に、何故か高塚(に憑依した霊)が座っているから、三人は正面に立った。
やはり先程と同じ、尋問する刑事のように綾子が身を乗り出す。
「まずは、名前ね。忘れたとは言わせないわよ」
「……増田だ」
人差し指を突きつけられた憑依霊はそう言った。
「で、マスダさんは一体どうして復讐がしたい訳?」
増田の声色に再び不穏な空気が混じる。
「あの"アンジュ"はもともと、私の店だったんだ。それをあの男に奪われた。だから、だ」
直江は思わず綾子と顔を見合わせた。
"アンジュ"とは先程のパン屋の名前だ。わからないでいる高耶に直江が耳打ちで教えてやっている。
「あの男っていうのは誰のことよ」
「あの店の店長だ」
綾子はホウ、とため息をついた。
「あんなに優しそうなのに……。強引なところもあるのね」
つっこみたい気持ちを抑えて、直江が先を促す。
「借金のカタか何かでとられたのか?」
「いや、違う」
「じゃあ、娘婿が勝手に跡を継いだとか?」
その問いは何故か綾子が即座に否定された。
「ううん、あの店長さんは32歳独身。ちゃんとリサーチ済みよ」
「………」
言葉を失う直江を置き去りにして、綾子は店長寄りで話を進める。
「大体それっていつの話よ?あんた死んでから50年は経ってるでしょう?あの店長さんがあんたから店を乗っ取れる訳ないと思うんだけど」
「……でも、間違いない!あの店もあのクロワッサンも私のものなんだ!」
綾子お気に入りのサクふわクロワッサンには店の名と同じくアンジュ(天使)と名がつけられていて、店の名物商品でもある。
「そう言われてもねぇ……」
増田の必死さをプラスして考えても、なんだか説得力がない。話が漠然としすぎているせいだ。
「もっと具体的に話してくれ。いつ、どうやって奪われたんだ?」
「それは………。わからない」
「わからないってまさか、あんたまで記憶喪失とかいうんじゃないでしょうねぇ」
増田はそのまま黙りこくってしまった。
「ちょっと待ってよ。それで何で奪われたって言いきれるのよ」
「三浦君が言っていたからだ。あの店長は極悪非道で相当の悪だそうだから」
「あんた……っ、誰よ三浦って!いい加減にしないとキレるわよっ」
すると、綾子を睨みつけていた増田におかしな現象が起きた。
「なに……?」
一度まばたきをした男が再び開眼した時には、まったく様子が変わってしまったのだ。
「俺が説明します」
「はい?」
明らかに口調も違う。イントネーションが現代の若者そのものだ。
「俺、三浦っていいます。身体を増田さんに貸している者です」
「はぁっ?」
今度は三人で顔を見合わせた。一体どういうことか。
「実は俺、アンジュの元従業員なんです。けど、店長と喧嘩して店飛び出しちゃって」
身なりの通りイマドキの若者といった感じの三浦はハキハキと喋った。
「あの店長マジ性格悪くて。俺なんて親にも滅多に怒られたりしねぇのに、一回遅刻しただけで態度が悪ぃって殴られたんすよ!?だからまあ、結局耐えられなくなって辞めたんですけど。でも泣き寝入りすんのもヤだったから、窓ガラス割ったり、店長の自転車のタイヤをパンクさせたり地道に活動してたんですけど」
「タチ悪い……立派な犯罪じゃないのよ」
それを聞いた高耶はなんだかバツの悪そうな顔をしている。元ヤンとしては、似たようなことで身に覚えがあるらしい。
「まあ、それだけ頭にキてたんです、俺も。どうしてもパン職人になりたくてあの店に入ったのに、全然思うようにいかねぇし……。で、そんなときにたまたまバァちゃんが入院することになって、見舞いに行った病院で増田さんに声かけられたんです」
「声かけられたって、ナンパじゃないんだからさ」
「最初は幽霊だってわかんなくて。でも色々話してるうちに製パンの話になって、昔職人だったこととか、オリジナルレシピのこととか聞いたりして」
「へぇ……」
増田の容姿が亡くなった祖父に似ていることも、打ち解けられた原因なんだそうだ。なんだか老人には優しい性格の持ち主らしい。
「そんでクロワッサンの話とか、増田さんの店の名前も実は"アンジュ"だったとかって話になって。どうしても一度店を見てみたいっていうから俺にヒョーイしてもらったんです」
息を引き取った病院で地縛霊となっていた増田は、そうしないと移動できなかったそうだ。
「それであそこにいたのね」
「そう。したらあんたたちが現れて」
直江と綾子を何故か店長の"手先"だと思ったのだそうだ。三浦にしてみても散々嫌がらせをした後ろ暗さがあるから、逃げ出したのだという。
「でも、あんたたちを追っていけば、アジトがわかるんじゃないかと思って」
店長をまるで悪の親玉のように思っているらしい。
「残念ながら、私たちは店長とは無関係よ」
本当に残念だけど、と綾子がしつこく繰り返す。
「店に行ってみて何か分かったのか?」
直江が聞くと、三浦は首を振った。
「それが、なんだか増田さんの言うことがあいまいで……。そこは直接聞いてみてください」
そういうと、三浦は再び増田と入れ替わった。
しかも霊のものばかりをだ。眼光鋭い憑依霊の隣に、何故か高塚(に憑依した霊)が座っているから、三人は正面に立った。
やはり先程と同じ、尋問する刑事のように綾子が身を乗り出す。
「まずは、名前ね。忘れたとは言わせないわよ」
「……増田だ」
人差し指を突きつけられた憑依霊はそう言った。
「で、マスダさんは一体どうして復讐がしたい訳?」
増田の声色に再び不穏な空気が混じる。
「あの"アンジュ"はもともと、私の店だったんだ。それをあの男に奪われた。だから、だ」
直江は思わず綾子と顔を見合わせた。
"アンジュ"とは先程のパン屋の名前だ。わからないでいる高耶に直江が耳打ちで教えてやっている。
「あの男っていうのは誰のことよ」
「あの店の店長だ」
綾子はホウ、とため息をついた。
「あんなに優しそうなのに……。強引なところもあるのね」
つっこみたい気持ちを抑えて、直江が先を促す。
「借金のカタか何かでとられたのか?」
「いや、違う」
「じゃあ、娘婿が勝手に跡を継いだとか?」
その問いは何故か綾子が即座に否定された。
「ううん、あの店長さんは32歳独身。ちゃんとリサーチ済みよ」
「………」
言葉を失う直江を置き去りにして、綾子は店長寄りで話を進める。
「大体それっていつの話よ?あんた死んでから50年は経ってるでしょう?あの店長さんがあんたから店を乗っ取れる訳ないと思うんだけど」
「……でも、間違いない!あの店もあのクロワッサンも私のものなんだ!」
綾子お気に入りのサクふわクロワッサンには店の名と同じくアンジュ(天使)と名がつけられていて、店の名物商品でもある。
「そう言われてもねぇ……」
増田の必死さをプラスして考えても、なんだか説得力がない。話が漠然としすぎているせいだ。
「もっと具体的に話してくれ。いつ、どうやって奪われたんだ?」
「それは………。わからない」
「わからないってまさか、あんたまで記憶喪失とかいうんじゃないでしょうねぇ」
増田はそのまま黙りこくってしまった。
「ちょっと待ってよ。それで何で奪われたって言いきれるのよ」
「三浦君が言っていたからだ。あの店長は極悪非道で相当の悪だそうだから」
「あんた……っ、誰よ三浦って!いい加減にしないとキレるわよっ」
すると、綾子を睨みつけていた増田におかしな現象が起きた。
「なに……?」
一度まばたきをした男が再び開眼した時には、まったく様子が変わってしまったのだ。
「俺が説明します」
「はい?」
明らかに口調も違う。イントネーションが現代の若者そのものだ。
「俺、三浦っていいます。身体を増田さんに貸している者です」
「はぁっ?」
今度は三人で顔を見合わせた。一体どういうことか。
「実は俺、アンジュの元従業員なんです。けど、店長と喧嘩して店飛び出しちゃって」
身なりの通りイマドキの若者といった感じの三浦はハキハキと喋った。
「あの店長マジ性格悪くて。俺なんて親にも滅多に怒られたりしねぇのに、一回遅刻しただけで態度が悪ぃって殴られたんすよ!?だからまあ、結局耐えられなくなって辞めたんですけど。でも泣き寝入りすんのもヤだったから、窓ガラス割ったり、店長の自転車のタイヤをパンクさせたり地道に活動してたんですけど」
「タチ悪い……立派な犯罪じゃないのよ」
それを聞いた高耶はなんだかバツの悪そうな顔をしている。元ヤンとしては、似たようなことで身に覚えがあるらしい。
「まあ、それだけ頭にキてたんです、俺も。どうしてもパン職人になりたくてあの店に入ったのに、全然思うようにいかねぇし……。で、そんなときにたまたまバァちゃんが入院することになって、見舞いに行った病院で増田さんに声かけられたんです」
「声かけられたって、ナンパじゃないんだからさ」
「最初は幽霊だってわかんなくて。でも色々話してるうちに製パンの話になって、昔職人だったこととか、オリジナルレシピのこととか聞いたりして」
「へぇ……」
増田の容姿が亡くなった祖父に似ていることも、打ち解けられた原因なんだそうだ。なんだか老人には優しい性格の持ち主らしい。
「そんでクロワッサンの話とか、増田さんの店の名前も実は"アンジュ"だったとかって話になって。どうしても一度店を見てみたいっていうから俺にヒョーイしてもらったんです」
息を引き取った病院で地縛霊となっていた増田は、そうしないと移動できなかったそうだ。
「それであそこにいたのね」
「そう。したらあんたたちが現れて」
直江と綾子を何故か店長の"手先"だと思ったのだそうだ。三浦にしてみても散々嫌がらせをした後ろ暗さがあるから、逃げ出したのだという。
「でも、あんたたちを追っていけば、アジトがわかるんじゃないかと思って」
店長をまるで悪の親玉のように思っているらしい。
「残念ながら、私たちは店長とは無関係よ」
本当に残念だけど、と綾子がしつこく繰り返す。
「店に行ってみて何か分かったのか?」
直江が聞くと、三浦は首を振った。
「それが、なんだか増田さんの言うことがあいまいで……。そこは直接聞いてみてください」
そういうと、三浦は再び増田と入れ替わった。
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きえん つれびと
奇縁の連人