きえん つれびと
奇縁の連人
そんな二人を、綾子は遠くから見つめていた。
二人して周囲から浮きまくっている。
綾子の耳までは届かないが、あまりにもぶっ飛んだ会話の内容のせいか。それ以外にも原因はありそうだが。
(あーあー、また鼻の下伸びてる………)
高耶といる時の直江は、見ているこっちが恥ずかしくなるほどに献身的だ。
最初の頃は反発していた高耶も、今ではそのことにまんざらでもないようにみえる。
(ふたりとも結局、自重なんて出来ないんだから)
綾子としては、あんな風に接してしまって大丈夫だろうかと心配なのだ。
今はいい。でもそのうちに高耶が記憶を取り戻したら、絶対に今までのようにはいかなくなる。きっとあの30年前のふたりに戻ってしまう。
そうなった時、いま、仲が良ければ良いほど辛さも増すのではないだろうか。
この前、千秋にそう言ったら、なるようにしかならない、と言われてしまった。
それはそうだが……。
(防げるものなら防ぎたいじゃない)
30年前に何も出来なかった分、何とかしたいと思う。色部がいれば、上手く立ち回ってくれるのかもしれないが、自分には色部の代わりは荷が重過ぎる。
夜叉衆として4人揃うことになって、ますます色部がこの場にいない事が寂しく感じられた。色部の穏やかな眼差しと物言いが恋しかった。
「綾子ってば」
「へ?」
「へ、じゃないよ。まだあの人と付き合いあるの?」
高校生の頃から仲良くしているこの友人は、とんでもない誤解をしていて、言ってもなかなか正してくれない。
直江と自分がデキていると思っているのだ。
「だっからあ、そんなんじゃないってば!」
旅行が趣味(ということにしている)の綾子の旅に、あの黒服の男がたびたび同行していることをこの友達は知っている。
(まあ、いいかげん慣れたけど)
直江の家族を含めて、昔からこの手の誤解は散々受けてきた。が、直江との関係性はそう簡単に説明しきれるものではない。言い訳も出来ないから、相手を一方的に責めることも出来ない。
彼女が言うには、綾子にはもっと相応しい人がいると思うんだけど、だそうだ。自分の身を案じてくれる彼女の気持ちが嬉しくもあり、複雑な気分だ。
(景虎みたいに、最初っから従兄弟ってことにしとけばよかったかな)
いや、この友人とは家族ぐるみだからすぐにばれてしまうか。
「それより、綾子。高塚先輩に会いに来たんじゃなかったっけ?」
「あぁ、そうそう、そうだった。様子、どう?」
「ん~、昨日会ったけど……やっぱり、おかしかったよ。憑かれてるね、あれは」
彼女の霊力はさほど強いものではないが、憑依の有無は感覚的に判るらしい。
「今、どこにいるかわかる?」
「またロクロまわしてんじゃないかな?昨日もほとんどあそこにこもってたみたいだから」
「ええぇ?」
あそこ、とは陶芸同好会の作陶室だ。
なんでも高塚が何処かから中古の電気釜を安く譲ってもらえるとかで、人を集めてあっという間に立ち上げてしまったという。
(憑依霊が陶芸?陶芸家の霊かしら)
あの人と一緒にいる男の子は誰よ、という友人の追求を適当にごまかして、綾子はそそくさ二人の元へ戻った。
すると、おいしいから揚げのコツを話す高耶に、直江が手作り料理を振舞ってもらう約束を取り付けているところだった。
「ちょっと、いつまでいちゃいちゃしてんの!早く行くわよ!」
反論したがる高耶と、白い目でみる直江を追い立てるようにして、綾子は作陶室へと向かった。
「高塚って友達の入ってるサークルの先輩で、もう何年卒業逃してるのかわかんないような、すっごい変わってる人なんだけど。彼も霊感強くって、よく相談に乗ったりしてたのよ」
早い話が飲み友達だ。
何度か行った事のある道筋を思い出しながら辿り着いたのは、明らかに倉庫と兼用になっているプレハブ小屋だった。
そっと中を覗き込んでみると、高塚はいた。作務衣に長い髪を後ろで束ね、少し長めの顎には伸ばしっぱなしの髭。腰を入れて土を練るその動きは、どうみても普通の大学生には見えない。立派な陶芸家だ。
そして、普通でないことがもうひとつ。
「間違いない。憑依されてるわね」
「でも、悪い気は感じねーな」
高耶が眉をひそめながら言う。
「やっぱり陶芸家の霊かしら」
この暑さの中、大した空調機能もない部屋で一心不乱に土に向かっている。こちらに気付く様子もまったくない。
「とりあえず言い分を聞いてみましょ」
何故、高塚の身体に憑依しているのか。
綾子の脳裏には先程の失敗が浮かんだ。このまま扉から入って行けば、正面の開きっぱなしになっている大きな窓から逃げられてしまうかもしれない。
「俺が奥へまわる」
直江も同じことを考えていたらしく、建物の裏手へと歩き出した。
「ケイタイ、きってよね!」
気配を消しながら歩を進める直江の背中に小声で言ってしばらく待つと、綾子はものすごい音をたててドアを開け放った。
「観念しなさい!!」
その突拍子もない台詞に、隣にいた高耶が思わず何をだよ、と突っ込む。
「……はあ」
高塚の身体を乗っ取ったその霊は、訳のわからない状況に、ぼんやりとした顔で綾子をみた。
「私には全てお見通しよ!高塚くんの身体で一体何をするつもりなのっ!?」
きょとん、としていた霊は綾子のものすごい剣幕におされる形で口を開いた。
「……それが……その……」
憑依霊はもじもじと土で汚れた手元を見つめた。
「忘れてしまって……」
「へっ??」
「思い出せないんです……」
今度は綾子たちが、ぽかんと憑依霊の顔を見つめる番だった。
二人して周囲から浮きまくっている。
綾子の耳までは届かないが、あまりにもぶっ飛んだ会話の内容のせいか。それ以外にも原因はありそうだが。
(あーあー、また鼻の下伸びてる………)
高耶といる時の直江は、見ているこっちが恥ずかしくなるほどに献身的だ。
最初の頃は反発していた高耶も、今ではそのことにまんざらでもないようにみえる。
(ふたりとも結局、自重なんて出来ないんだから)
綾子としては、あんな風に接してしまって大丈夫だろうかと心配なのだ。
今はいい。でもそのうちに高耶が記憶を取り戻したら、絶対に今までのようにはいかなくなる。きっとあの30年前のふたりに戻ってしまう。
そうなった時、いま、仲が良ければ良いほど辛さも増すのではないだろうか。
この前、千秋にそう言ったら、なるようにしかならない、と言われてしまった。
それはそうだが……。
(防げるものなら防ぎたいじゃない)
30年前に何も出来なかった分、何とかしたいと思う。色部がいれば、上手く立ち回ってくれるのかもしれないが、自分には色部の代わりは荷が重過ぎる。
夜叉衆として4人揃うことになって、ますます色部がこの場にいない事が寂しく感じられた。色部の穏やかな眼差しと物言いが恋しかった。
「綾子ってば」
「へ?」
「へ、じゃないよ。まだあの人と付き合いあるの?」
高校生の頃から仲良くしているこの友人は、とんでもない誤解をしていて、言ってもなかなか正してくれない。
直江と自分がデキていると思っているのだ。
「だっからあ、そんなんじゃないってば!」
旅行が趣味(ということにしている)の綾子の旅に、あの黒服の男がたびたび同行していることをこの友達は知っている。
(まあ、いいかげん慣れたけど)
直江の家族を含めて、昔からこの手の誤解は散々受けてきた。が、直江との関係性はそう簡単に説明しきれるものではない。言い訳も出来ないから、相手を一方的に責めることも出来ない。
彼女が言うには、綾子にはもっと相応しい人がいると思うんだけど、だそうだ。自分の身を案じてくれる彼女の気持ちが嬉しくもあり、複雑な気分だ。
(景虎みたいに、最初っから従兄弟ってことにしとけばよかったかな)
いや、この友人とは家族ぐるみだからすぐにばれてしまうか。
「それより、綾子。高塚先輩に会いに来たんじゃなかったっけ?」
「あぁ、そうそう、そうだった。様子、どう?」
「ん~、昨日会ったけど……やっぱり、おかしかったよ。憑かれてるね、あれは」
彼女の霊力はさほど強いものではないが、憑依の有無は感覚的に判るらしい。
「今、どこにいるかわかる?」
「またロクロまわしてんじゃないかな?昨日もほとんどあそこにこもってたみたいだから」
「ええぇ?」
あそこ、とは陶芸同好会の作陶室だ。
なんでも高塚が何処かから中古の電気釜を安く譲ってもらえるとかで、人を集めてあっという間に立ち上げてしまったという。
(憑依霊が陶芸?陶芸家の霊かしら)
あの人と一緒にいる男の子は誰よ、という友人の追求を適当にごまかして、綾子はそそくさ二人の元へ戻った。
すると、おいしいから揚げのコツを話す高耶に、直江が手作り料理を振舞ってもらう約束を取り付けているところだった。
「ちょっと、いつまでいちゃいちゃしてんの!早く行くわよ!」
反論したがる高耶と、白い目でみる直江を追い立てるようにして、綾子は作陶室へと向かった。
「高塚って友達の入ってるサークルの先輩で、もう何年卒業逃してるのかわかんないような、すっごい変わってる人なんだけど。彼も霊感強くって、よく相談に乗ったりしてたのよ」
早い話が飲み友達だ。
何度か行った事のある道筋を思い出しながら辿り着いたのは、明らかに倉庫と兼用になっているプレハブ小屋だった。
そっと中を覗き込んでみると、高塚はいた。作務衣に長い髪を後ろで束ね、少し長めの顎には伸ばしっぱなしの髭。腰を入れて土を練るその動きは、どうみても普通の大学生には見えない。立派な陶芸家だ。
そして、普通でないことがもうひとつ。
「間違いない。憑依されてるわね」
「でも、悪い気は感じねーな」
高耶が眉をひそめながら言う。
「やっぱり陶芸家の霊かしら」
この暑さの中、大した空調機能もない部屋で一心不乱に土に向かっている。こちらに気付く様子もまったくない。
「とりあえず言い分を聞いてみましょ」
何故、高塚の身体に憑依しているのか。
綾子の脳裏には先程の失敗が浮かんだ。このまま扉から入って行けば、正面の開きっぱなしになっている大きな窓から逃げられてしまうかもしれない。
「俺が奥へまわる」
直江も同じことを考えていたらしく、建物の裏手へと歩き出した。
「ケイタイ、きってよね!」
気配を消しながら歩を進める直江の背中に小声で言ってしばらく待つと、綾子はものすごい音をたててドアを開け放った。
「観念しなさい!!」
その突拍子もない台詞に、隣にいた高耶が思わず何をだよ、と突っ込む。
「……はあ」
高塚の身体を乗っ取ったその霊は、訳のわからない状況に、ぼんやりとした顔で綾子をみた。
「私には全てお見通しよ!高塚くんの身体で一体何をするつもりなのっ!?」
きょとん、としていた霊は綾子のものすごい剣幕におされる形で口を開いた。
「……それが……その……」
憑依霊はもじもじと土で汚れた手元を見つめた。
「忘れてしまって……」
「へっ??」
「思い出せないんです……」
今度は綾子たちが、ぽかんと憑依霊の顔を見つめる番だった。
PR
きえん つれびと
奇縁の連人