きえん つれびと
奇縁の連人
まず彼女はふたりを西洋風のちゃぶ台の前に座らせた。
そして、お勝手のほうから茶色い物体をかごに入れて持ってくる。
差し出されて手に取ると、菱形のそれは表面がきらきらと光っていて軽く、甘い油の香りがしていた。
"これはパンです”と彼女が言うまで、ふたりはそれが何だかわからなかった。ふたりの知るパンとはまるで見た目が違っていたからだ。
まだ温かさが残っている。
そっとかじってみて、唖然となった。
食感も味も、今までにないものだった。
この世で一番美味しいものは、間違いなくこれだ、と思った。
出されたものを二人だけで平らげてしまうのに、そう時間は要らなかった。
後になって、あの時彼女は自分で食べる為に焼いたであったろうに、遠慮もせずに食べてしまったことを後悔したりもした。
が、その時はふたりしてそのパンに夢中で、そんなことを考える余裕はなかった。
ただ、その時の彼女に怒った風はなく、明るく楽しそうに微笑んでいた。
彼女にはきっとわかっていたのだ。
ふたりがこの日の出来事に一生心を囚われてしまうことを。
内心、自分の呪いが成功したとほくそえんでいたかもしれない。
味覚欲、食感欲とでもいうべき呪い。そしてその呪いは、ふたりに夢と情熱を与えた。
その日から、毎日のように彼女の家へと通った。
その食べ物が"クルワソーン"という名前だとわかり、成型の方法を習ったりもした。
初めて触れたパンの生地はとてもやわらかい餅のようで、寿一は口にこそ出さなかったが、母親の体のようだと思った。
彼女が生地を伸ばし、均等に切り分けられた三角のそれをくるくるとまいて見せる様子は、やはり普通の人間の持たざる技のように見えた。その魔法の技を習得するのに、ふたりして夢中になった。
結局、彼女はある日突然消えるようにしていなくなってしまうのだが、それでも彼らの呪いが解けることはなかった。
あの感動を忘れることができないふたりは誓ったのだ。大きくなったら自分達で"クルワソーン"を作って、毎日たらふく食べよう。そしてもっとたくさんの人に食べてもらおう、と。
ところが彼らが就職先を探す歳になる頃にはすでに、あの戦争が始まろうとしていた。
そして、お勝手のほうから茶色い物体をかごに入れて持ってくる。
差し出されて手に取ると、菱形のそれは表面がきらきらと光っていて軽く、甘い油の香りがしていた。
"これはパンです”と彼女が言うまで、ふたりはそれが何だかわからなかった。ふたりの知るパンとはまるで見た目が違っていたからだ。
まだ温かさが残っている。
そっとかじってみて、唖然となった。
食感も味も、今までにないものだった。
この世で一番美味しいものは、間違いなくこれだ、と思った。
出されたものを二人だけで平らげてしまうのに、そう時間は要らなかった。
後になって、あの時彼女は自分で食べる為に焼いたであったろうに、遠慮もせずに食べてしまったことを後悔したりもした。
が、その時はふたりしてそのパンに夢中で、そんなことを考える余裕はなかった。
ただ、その時の彼女に怒った風はなく、明るく楽しそうに微笑んでいた。
彼女にはきっとわかっていたのだ。
ふたりがこの日の出来事に一生心を囚われてしまうことを。
内心、自分の呪いが成功したとほくそえんでいたかもしれない。
味覚欲、食感欲とでもいうべき呪い。そしてその呪いは、ふたりに夢と情熱を与えた。
その日から、毎日のように彼女の家へと通った。
その食べ物が"クルワソーン"という名前だとわかり、成型の方法を習ったりもした。
初めて触れたパンの生地はとてもやわらかい餅のようで、寿一は口にこそ出さなかったが、母親の体のようだと思った。
彼女が生地を伸ばし、均等に切り分けられた三角のそれをくるくるとまいて見せる様子は、やはり普通の人間の持たざる技のように見えた。その魔法の技を習得するのに、ふたりして夢中になった。
結局、彼女はある日突然消えるようにしていなくなってしまうのだが、それでも彼らの呪いが解けることはなかった。
あの感動を忘れることができないふたりは誓ったのだ。大きくなったら自分達で"クルワソーン"を作って、毎日たらふく食べよう。そしてもっとたくさんの人に食べてもらおう、と。
ところが彼らが就職先を探す歳になる頃にはすでに、あの戦争が始まろうとしていた。
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きえん つれびと
奇縁の連人