きえん つれびと
奇縁の連人
高耶は高耶で、換生という行為の不思議さを噛みしめていた。
"江戸"なんて言われて頭に浮かぶのは、代表的なあの時代劇くらいなものなのに。
過去の時代ががものすごく近しい世界になったような気もするし、全く別の世界の話のような気もする。
その当時にも直江は今と同じように傍にいて、きっと同じように事件のことで話をしたり飯を食ったりしたのかと思うと、本当に不思議だった。
400年もの間、他人の命や魂のことばかりを考えてきたのだろうか。
───そんなこと私達が考えないと思うんですか
今の話で"景虎"が苦しんだことを、きっと直江も苦しんだはずなのだ。
綾子が教えてくれた、直江が黒い服を着る理由………。
(馬鹿なこと聞いちまった)
ここへ来る途中、直江の結婚について訊いたのは、もし妻子持ちで怨霊退治をするとなればきっと大変だと思ったからだったが、自分のではない身体で直江が家庭を持てる訳がないのだ。
換生という行為で虐げた霊魂と、《調伏》であの世へと送りつけた霊魂。
その返り血と悲鳴を吸い込んだ服の黒は、深い闇の色だ。
直江がこの服を脱げるのは、一体いつになるのだろうか。
この世の全ての人間が肉体の死と同時に浄化できると保障された時?
そんな日が来るとは思えないけど。
「あなたを困らせたかった訳ではないんです。ただ………」
眉間に皺を寄せる高耶に向かって直江は言った。
「善と悪、どちらかに分類すること、白黒きっちりつけられる物事というのは本当にわずかしか存在しないのかもしれません。だからこそ我々はどちらの側に立つべきか、何をもって正義とするかを常日頃考え、はっきりさせておく必要があるんだと思います」
人の命に係るような選択をしなければならない時、必ずしも充分に考える時間がある訳ではない。そんな時はきっと、日頃の考えがものをいう。ただ漠然と、生者を味方、死者を敵とするのではなく、普段から色々なケースを想定して悩んでおけと言いたいらしい。
とはいえ、高耶にしてみれば既に答えは出ている。
霊などいなければ、譲を巻き込むことも、国領夫人が命を落とすこともなかったのだから。
この世に残ってしまった霊は、さっさと浄化するべきだ。
(………そうだよな?)
さっきの話に出てきた"景虎"の言う事もわからなくはない。
子供と一緒にいたがる母親の霊を目の前にしたら自分はどう思うのだろう。いや、きっと《調伏》すると思う。だが、結果だけ見れば"景虎"と同じ選択だ。
それなら、そこで出した結論は、誰のモノだ?自分?景虎?
考えれば考えるほど混乱してくる。何に拘ればいいのか。自分自身の考えであること?正しいこと?自分にとっての正義とは何なのか。
「正義って言われてもよくわからない」
「……今はわからないかもしれません。けれど、大丈夫です。あなたの中には必ず、あなただけの正義がある」
「景虎の、だろ」
「高耶さん」
諭すように言われて、高耶は反発して顔を上げた。
「……なら、お前はどう思うんだ?お前の正義はいったいどこにあるっていうんだ」
そんな様子は高耶には見せないけれど、直江の心中はきっと矛盾だらけで、苦しいはずだ。それなのに、いったい何を正義というつもりだ?
が、高耶の意に反して直江はきっぱりと言い切った。
「私の正義はあなたです。それ以外にはない」
「───…… 」
そうだった。こういうことを言う男だった。知ってたのに。
まるで自分から愛の言葉を催促したような照れ臭さを感じて、高耶は気まずく思った。そんなつもりじゃなかった。
けれど、確実に得られる安心感がある。
この男がこうまで言い切るのなら、多少は自信をってもいい気がしてくる。
男が自分を護るのは、使命のためなのかと失望したこともあったが……。
───寄りかかっていいんですよ
「食べないんですか」
直江が皿を指差した。
まるで今までの会話を忘れてしまったかのように、茶化してくる。
「おいしそうですね」
殆ど食べ終わった皿の上には、まだ手をつけられていないから揚げがみっつ、乗っかっている。
「やらねーぞ。とってあるんだから」
そういって高耶はやっと一つ目のから揚げを口の中に放り込んだ。
"江戸"なんて言われて頭に浮かぶのは、代表的なあの時代劇くらいなものなのに。
過去の時代ががものすごく近しい世界になったような気もするし、全く別の世界の話のような気もする。
その当時にも直江は今と同じように傍にいて、きっと同じように事件のことで話をしたり飯を食ったりしたのかと思うと、本当に不思議だった。
400年もの間、他人の命や魂のことばかりを考えてきたのだろうか。
───そんなこと私達が考えないと思うんですか
今の話で"景虎"が苦しんだことを、きっと直江も苦しんだはずなのだ。
綾子が教えてくれた、直江が黒い服を着る理由………。
(馬鹿なこと聞いちまった)
ここへ来る途中、直江の結婚について訊いたのは、もし妻子持ちで怨霊退治をするとなればきっと大変だと思ったからだったが、自分のではない身体で直江が家庭を持てる訳がないのだ。
換生という行為で虐げた霊魂と、《調伏》であの世へと送りつけた霊魂。
その返り血と悲鳴を吸い込んだ服の黒は、深い闇の色だ。
直江がこの服を脱げるのは、一体いつになるのだろうか。
この世の全ての人間が肉体の死と同時に浄化できると保障された時?
そんな日が来るとは思えないけど。
「あなたを困らせたかった訳ではないんです。ただ………」
眉間に皺を寄せる高耶に向かって直江は言った。
「善と悪、どちらかに分類すること、白黒きっちりつけられる物事というのは本当にわずかしか存在しないのかもしれません。だからこそ我々はどちらの側に立つべきか、何をもって正義とするかを常日頃考え、はっきりさせておく必要があるんだと思います」
人の命に係るような選択をしなければならない時、必ずしも充分に考える時間がある訳ではない。そんな時はきっと、日頃の考えがものをいう。ただ漠然と、生者を味方、死者を敵とするのではなく、普段から色々なケースを想定して悩んでおけと言いたいらしい。
とはいえ、高耶にしてみれば既に答えは出ている。
霊などいなければ、譲を巻き込むことも、国領夫人が命を落とすこともなかったのだから。
この世に残ってしまった霊は、さっさと浄化するべきだ。
(………そうだよな?)
さっきの話に出てきた"景虎"の言う事もわからなくはない。
子供と一緒にいたがる母親の霊を目の前にしたら自分はどう思うのだろう。いや、きっと《調伏》すると思う。だが、結果だけ見れば"景虎"と同じ選択だ。
それなら、そこで出した結論は、誰のモノだ?自分?景虎?
考えれば考えるほど混乱してくる。何に拘ればいいのか。自分自身の考えであること?正しいこと?自分にとっての正義とは何なのか。
「正義って言われてもよくわからない」
「……今はわからないかもしれません。けれど、大丈夫です。あなたの中には必ず、あなただけの正義がある」
「景虎の、だろ」
「高耶さん」
諭すように言われて、高耶は反発して顔を上げた。
「……なら、お前はどう思うんだ?お前の正義はいったいどこにあるっていうんだ」
そんな様子は高耶には見せないけれど、直江の心中はきっと矛盾だらけで、苦しいはずだ。それなのに、いったい何を正義というつもりだ?
が、高耶の意に反して直江はきっぱりと言い切った。
「私の正義はあなたです。それ以外にはない」
「───…… 」
そうだった。こういうことを言う男だった。知ってたのに。
まるで自分から愛の言葉を催促したような照れ臭さを感じて、高耶は気まずく思った。そんなつもりじゃなかった。
けれど、確実に得られる安心感がある。
この男がこうまで言い切るのなら、多少は自信をってもいい気がしてくる。
男が自分を護るのは、使命のためなのかと失望したこともあったが……。
───寄りかかっていいんですよ
「食べないんですか」
直江が皿を指差した。
まるで今までの会話を忘れてしまったかのように、茶化してくる。
「おいしそうですね」
殆ど食べ終わった皿の上には、まだ手をつけられていないから揚げがみっつ、乗っかっている。
「やらねーぞ。とってあるんだから」
そういって高耶はやっと一つ目のから揚げを口の中に放り込んだ。
PR
きえん つれびと
奇縁の連人