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きえん つれびと
奇縁の連人
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 直江はどこぞの武家から内密に、と相談を受けたのだ。
 仕事柄、そういうことが多々あった。
 その家の主人によると、ある日突然、娘の行方がわからなくなったのだそうだ。
 だがそんなことが世間に露見し、下手な風聞を立てられてはまずい。
 だから、表向きは湯治に出したということにして、家のものだけでひそかに捜索をした結果、案外簡単に見つかった。
 とある長屋で、何故か他人の子を育てていたのだ。
 連れ戻そうとしたのだが、騒ぎ立てられてなかなかうまくいかない。
 説得しようにも、まるで別人のようになってしまっていて、てんで話が通じない。
 そんな娘をなんとか騒ぎにせず、連れ戻せないものかという内容だった。
 黒羽織を脱いだ直江がさり気なく様子を窺いに行くと、確かに武家の言った場所に彼女は住んでいて、予見通り、憑依されていた。
 そこで景虎の元へこの話を持ち込み、ふたりで彼女を説得しに行ったのだ。
「話をしてみると、娘に憑依していた霊はひどく殊勝な様子で、全てを話してくれました。川の氾濫か何かで死に、気がつくと今の宿体に憑依していたこと。父親はおらず身寄りもないために子供の引き取り手が見つからず、そのまま自分が育てていくしかないのだということ」
 実際はちゃんと探せばいくらでも引き取り手はあっただろうが、赤の他人に子供を預けたくないという気持ちは、ふたりにもよくわかった。
「彼女は、自分でも死を受け入れなければいけないことがわかっているのだと言いました。けれど、禁じ手を犯してでも子供の傍にいたいのだと言った。せめてもう少し大きくなるまででもいい。頼むから見逃して欲しい、と頼み込まれたんです」
 直江は重苦しく息を吐いた。
「あなたは随分、苦しんだ」
 それで直江は景虎に言ったのだ。死者はこの世に残った時点で秩序を乱しているのだと。例外を認める訳にはいかないと。
 睨み付けられた眼を覚えている。
 あの時、そんな当たり前の理を疑うほどに疲弊した景虎の心を、直江は本当の意味では解ってやれていなかった。
 景虎はひとり悩み、ひとりで結論を出した。憎むべきは他人から身体を奪う行為自体だと。死してなお、子供の傍にいたいと願った母親の愛情を自分は否定できない、と。
「あなたは彼女を責めることはできなかったけど、身体を奪われた憑巫の為、結局調伏しました」
 赦しを求め、泣き叫ぶ女を《調伏》するのは、とても辛かっただろう。直江にとっても後味の悪い事件だったからよく覚えている。色部のつてで引き取られていった子供の行く末を気にして、景虎が親身に面倒をみていたことも。
 顔をあげると、考え込む高耶の姿があった。
 あの頃の景虎の表情と重なる。
 ひとりでも解決できる事件の相談を口実に、景虎の元へと通った自分。景虎もそれを解っていて直江を家に上げていたのではないかと思う。
 事件の無い時は家にこもりがちだった景虎を、一生懸命に外へと連れ出した。この世界は───いや、自分はあなたを必要としているのだと、間接的に伝えようと必死だった。わざわざ事件を呼び込むような職業についた直江の意図までも、景虎は察していただろうか。
「その人はどうすればよかったと思う?」
 すっかり心が昔に戻っていた直江は、はっと我に返った。
「死んだ時点で子供のことはさっさとあきらめるべきだったってことか?それがこの世の正しいあり方か?」
 高耶は真剣な眼で訊いてくる。それに応えようと考えを巡らせた直江はしばらくして言った。
「残された子供が信頼できる人間のもとで間違いなく幸福であれるという確信があれば、彼女も素直に浄化したかもしれません」
 けれど、言いながら自分で疑う。
 果たして本当にそうだろうか。たぶん、そんな保障はどこにも無い。必ず浄化できる秘訣なんていうものは、存在しないのだ。
 今なら死んでもいい、という人がいるけれど、幸福感で満たされてる最中なら人は誰しも浄化できるのだろうか。その幸福感を味わい続けたいという未練が残ることはないのだろうか
(未練の無い死など果たしてありえるのだろうか)
 勿論、そういう死を何度も目撃してはきた。肉体の死とともに浄化していった人々は数限りなく存在する。
 ただ、直江が一度だけ体験した"死"は悲憤と憎悪にまみれたものだった。
 いつか辿り着く自分の旅路の最終地点には、確実に"本当の終わり"が待ち受けている。全く実感は伴わないが。
 その時になって自分は、心の底から死を受け入れるのだろうか。
 目の前の高耶は、皿の上のから揚げを見つめながら、まだ何かを考えている。
 このひともいつか、本当の死を受け入れることがあるのだろうか。
 だとしたら、一体どんな終わり方に納得するというのだろう。
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